随筆石と竹「一生懸命努力します」

3月某日、知り合いの音楽企画をされていらっしゃる方からの依頼で、一般向けの尺八コンサートを行なった。

“尺八に馴染みのないお客様に、例えば楽器の素材や構造、歴史など、入門編のようなイメージでお願いします”というリクエストがあり、ならばせっかくなので尺八の体験もしていただこうと、人数分の水道管尺八を用意してワークショップ付きのコンサート形式にした。前半、後半共に30分の持ち時間で、その間の休憩時間30分がティタイムと尺八体験の時間であった。

前半は定番の「鹿の遠音」を吹きながら客席から登場、ご挨拶と尺八の簡単な紹介から「春の海」の演奏。その後、五孔尺八と七孔尺八の違いを説明し、「荒城の月」「さくらさくら」「アメイジンググレイス」「ロンドンデリーの歌(ダニーボーイ)」などの東西のメロディを聴いていただいた。続いて尺八のルーツということで虚無僧に触れ、「奥州伝 鶴の巣籠」で前半を終えた。

そして会場スタッフからお客様一人一人に水道管尺八が配られ、体験コーナーに突入した。まず私が尺八の構え方や息の入れ方を説明し、あとはそれぞれに試していただいた。私は客席となっている5〜6名の円卓を順にまわり、音出しの見本やアドヴァイスなどを行なった。

プーやホーなど、少しでも音らしきものが出た人は3分の1ぐらいであっただろうか。中には熱心で根性のあるご婦人もおられ、“くやしいくやしい”と休憩時間中ずっと取り組んでいらした。音が出せた人、出せなかった人、どちらの人にもこの体験コーナーは喜んでいただくことが出来、終演後のお見送りの際にも“体験が面白かったです〜”という声をたくさんいただいた。

後半は外国の曲「ジュピター」と「大きな古時計」からスタートした。多くの人が知っている曲には、やはり会場が和やかな空気に包まれる。続いて福田蘭童の世界に入り、「笛吹童子」を一吹き。ご存知の方は4分の1ぐらいだった。その流れで蘭童作品を2題、「桔梗幻想曲」と、ピアノ伴奏をつけての「月光弄笛」を演奏。蘭童曲は日本人の心にすっと入るメロディで、1曲が3分程度と絶妙な長さであるところが良い塩梅である。こちらは皆さん初めて耳にされる曲であったが、熱心に聴いていただいた。そしてラストに2尺3寸管を用い、古典本曲「産安」を想いを込めて吹奏した。

当日はなかなかに激しい雨の中をご来場いただくことになってしまったが、何とか皆様に喜んでいただけた様子で安堵した。

ここまで読まれてお気づきの方も少なくないと思うが、「春の海」は箏と尺八の二重奏であり、「月光弄笛」はピアノ伴奏と書いてあった。“じゃあ箏の人とピアニストに来てもらったのね”と普通は考えるが、今回はソロコンサートである。ここで登場したのがカラオケ音源だった。

今は便利な時代で、尺八用に様々なカラオケ音源がある。『春の海』はビクターからそのCDが発売されているし、「ジュピター」や「大きな古時計」は泉州尺八工房の三塚さんが『エッセンスアゲイン・マイナスワン』として出されている。これらのものを使わせていただき、福田蘭童作品は自前の『尺八浪漫』に収めたものを使用した。

この、尺八体験コーナーとカラオケ音源の組み合わせはなかなかに評判が良く、手前味噌ながらより一層尺八を身近に感じていただくことが出来るプログラムの一つだと考える。今年は“石川利光版 尺八のすすめ”としてこのプログラムをあちらこちらで展開していきたい。直近は5月3日の京都・法然院の悲願会の予定である。ご興味を持たれた方にはぜひご参加いただきたい。

 

ところで 、大相撲の世界では鶴竜関が横綱昇進を果たされた。

私はテレビを見ないので鶴竜関の相撲は観戦したことが無いが、新聞やネットでの評判を読むと謙虚で真面目な努力家という人物のようである。その記事の中で私が最も惹かれたのは、横綱昇進を伝える使者に対する“これからよりいっそう稽古に精進し、横綱の名を汚さぬよう一生懸命努力します”という口上であった。何とシンプルでわかりやすい言葉であろうか。聞くところによると鶴竜関は「立派な力士になる」という入門嘆願の手紙を日本の相撲関係者に送って角界入りにこぎつけた経緯があるらしい。それを見事に体現させた努力にじわりと感動した。3人の横綱がいずれもモンゴル力士というのは少々くやしいが目出度いことにかわりはない。私はこれから隠れ鶴竜ファンとして応援したい。

話を尺八のことに移すと、尺八の世界でもそれに近いことが起こりつつある。

アメリカの大学に尺八の講座が作られてからもう半世紀近くになる。その波がアメリカからオーストラリアに渡り、近年ではヨーロッパや台湾、中国に猛烈な勢いで広まっている。去年はスペインのバルセロナとチェコのプラハで尺八フェスティバルが開かれ、どちらも盛況であったらしい。また、遅く火がついたアジアでも若者がものすごい勢いで尺八に取り組んでいる。

欧米では他の楽器や音楽の専門家が尺八に転向して作曲や技術の習得に励んでいるし、中国や台湾には毎日毎日8時間から10時間も練習をしている人がいる。すでに日本でもトップの一人となっておられるネプチューンさんはまだ日々進化されていらっしゃる。ライリ・リーさんやマルコさんは本当に深い音で素晴らしい演奏をされる。そしてまた、ここ数年にあっては尺八のコンクールには必ずといっていいほど台湾や中国の方が本選に出場されている。

日本人力士と同じく、日本人尺八吹きも努力していない訳では決してない。私が接している人は皆、厳しい環境の中を日々がんばって音の鍛錬や技術の習得、尺八の啓蒙に努めている。しかし、“君は必死でそれに取り組んでいるか”と問われると、上記のような外国人までは出来ていない人が私を含め少なくないと感じる。

尺八は相撲のように勝敗がつく訳ではない。が、その人のレベルや境地は音や演奏を聴けば一目瞭然ならぬ一聴瞭然である。諸外国には尺八をまさに“命懸け”で吹いている人が少なくないのである。このまま進むと、気がつくと尺八の名手は外国人ばかり、という状況になりかねない(それはそれで悪いことだとは思わないが、でも悔しいバイ)。

 

私ももう一度気合いを入れ直して「一生懸命努力します」。みんな頑張ろうぜ!

 

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