楽しんで探求しないと進歩しない

人が物事を吸収して進歩するのはどんなときでしょうか。

それは、何かが好きで好きでたまらなくて、それについて考えたり、試したり、調べたりするだけでワクワクして、それをしていると時間を忘れる、そういう取り組みをしているときではないでしょうか。

それを年月を重ねてやり続けるならば、どういうことになるのか、計り知れないぐらいです。

それに対して、上手になるには「○○しなければならない」と義務的になると、できなかった時に罪悪感を感じるし、しているときも「こなしている」感だけで満足してしまって、何かを発見したり、感じ取る生命力を閉ざしてしまうように思います。

そして何より、楽しくないですね。

効果も感じないのに、強迫観念のように、来る日も来る日も「繰り返し練習」をしてしまうと、弾く喜びを枯渇させるだけでなく、身体もNOと言います。つまりあちこち痛くなります。

だから、「練習」というルーチンをやめてみてはどうでしょうか。

「練習」という代わりに、「研究」とか「探求」と捉えるのはいかがですか?

「そういわれても、掴みどころがない」と感じられますか?

また、確かにヴァイオリンには、「楽しく」取り組むのを阻む罠がたくさんあります。

それをどのように克服するかを含めて、楽しいクリエイティブな練習法については、「あがりを克服する」(カトー・ハヴァシュ著)が大変参考になります。

140ページ以下の「練習の工夫」に具体的メニューも書かれています。

「本を読んだだけでは各エクササイズがわかりにくい」という方は、ぜひレッスンにいらしてください。私が著者のハヴァシュ先生から教わったことを喜んでご指導いたします。