The Strad:カトー・ハヴァシュ追悼記事
独自の「ニューアプローチ(新学習法)」は永遠に
ハンガリー人ヴァイオリニストでヴァイオリン・ヴィオラ教師、「ヴァイオリン演奏への新しいアプローチ」を掲げて身体的な怪我の予防とあがりの除去に貢献したカトー・ハヴァシュ氏が亡くなった。98歳であった。
カルパティア山脈のふもとの小さな村トランシルヴァニアに生まれ、文字を覚える前に楽譜を読んだ。
最初についたヴァイオリン教師は、あらゆる曲を、リズムに乗って手をたたきながら音名で歌わせ、それからはじめてヴァイオリンで弾くことを許した。
コロジュバールでの初リサイタルは7歳の時で、ブラームスのハンガリア舞曲、ドレスデンのフランツ・シューベルトの「蜜蜂」Op.13他を演奏した。
後にブダペストで、自分がコダーイメソッドで教わったのだと知ることになった。
ハンガリーのジプシーヴァイオリンに対する愛着は、「私が言葉を話す前から」だと回想される。そして、9歳の時には、友達の家に滞在中、わざとジプシーの子どものような汚い恰好でお客の前に現れ、家族が病気で生活を支えているとジプシー風の物乞いをしてから、数曲を演奏した。後で嘘を白状して、集めたお金を返そうとしたが、お客たちは、彼女の演奏の素晴らしさに満足して受け取らなかったという。「あれが、私のはじめてのギャラだったわね」と語った。
10代の頃は、ブダペストのフランツ・リストアカデミーで、高名なイムレ・ワルドバウアー教授に師事、バルトーク、コダーイ、ドホナーニにも出会い、彼女のはじめてのリサイタルにも現れた。そしてこの頃に、演奏へのプレッシャーを感じるようになり、身体的な影響が出てきたという。
17歳には、ニューヨークのカーネギーホールでデビューリサイタルを行った。このときには、精神状態が演奏の質に及ぼす影響をしっかり自覚するようになった。「楽器はすねてしまったようで、自分の左手も同じだった。」とこれに続くアメリカ時代を振り返った。幸運なことに、ハンガリー系のアメリカ人指揮者、ウジェンヌ・オーマンディーの紹介で、ヴァイオリニストのデヴィッド・メンドーザに出会い、彼から左手の自然な動きを学んだ。
それが最後のひと押しとなり、18年間に渡って3人の子育てをする間に、ハヴァシュ氏はヴァイオリンの教育システム「ニューアプローチ(新学習法)」を確立するに至った。ジプシーの自然の流れに従う奏法と、ワルドバウアーのメソッド、コダーイのリズミックパルス、そしてメンドーザの左手のテクニックらの影響が合わさった。
彼女のアイデアは物議をかもした。というのも、当時の奏者はまだ、評価を落としたり仕事を失う恐怖から、自分たちを疲弊させている痛みを隠そうとする気風があった。それなのに、ハヴァシュ氏が、そのような苦しみは避けられると公言したことは、伝統的な教授法を脅かすものだととらえられたのだった。
それでも、多くの奏者は、高名な者はお忍びで、自分の問題を抱えて彼女の元へ集うようになり、1960年にはボスワース社が、彼女に指導原則を執筆するようオファーした。本はたちまちにベストセラーとなり、世界中から多くの人が彼女の元でレッスンを受けるようになった。
国際的な講座ツアーも組まれ、生徒たちが実際に演奏で試しながらあがりの克服を経験できる場が求められたため、それは音楽祭へと発展した。ハヴァシュ氏の国際弦楽学校と連携したパーベック半島音楽祭である。また、ハヴァシュ氏はロンドンのローハンプトン音楽祭、オックスフォード国際音楽祭も設立したが、そのオックスフォードは、彼女が人生の晩年を過ごす地となった。2002年には、エリザベス女王二世の誕生記念叙勲にて、「音楽への貢献」を讃えたOBEを与えられた。彼女の書籍は、多くの言語に翻訳されており、「ニューアプローチ(新学習法)」は永遠に語り継がれるであろう。
出典:The Strad
https://www.thestrad.com/news/kato-havas-has-died-aged-98/8547.article
コメント:
ジュリアン・ヴィグボルドス(オランダ在住 ヴァイオリン教師)
私にとって、カトー・ハヴァシュは紛れもなく、音楽の天才です。彼女が発明した「ニューアプローチ」は、ストレス、力み、あがりを克服するための単なる指導戦略ではありません。それ以上のものです。それは、非常に系統だった方法で力みや不安を安心へと、弾きやすさや喜びへと変えていく方法なのです。
その目的は、恐れや痛みを演奏から排除することではないし、あなた自身のことですらありません。
つまり、音楽会に出かけたとき、その美しさに浸り音楽の物語に感銘を受けるとき、誰が弾いていたかなど忘れていませんか?私達が聴きたいのは音楽なのであって、それだけが必要なのです。つかの間であれ、自分たちや人生への信頼感を味わいたいのです。日々の問題を横へ置き、鼓舞されたいのです。
カトー・ハヴァシュのニューアプローチは、あなたに、そのような美しい贈り物を聴衆へ届けるように、と教えるのです。それがフォーマルな演奏であろうが、家庭の親睦の場であろうが関係なく。あなたが演奏するとき、あなたは与えるのです。音楽の奇跡を与えるのです。喜びと、安心とを与え、聴衆の心に触れます。そして、聴衆はあなたのことを忘れ、あなたも自分自身を忘れます。こうしてあなたが我を忘れ、あなたが音楽そのものになってはじめて、人々に手を差し伸べることができ、それはこの世の天国になります。このことを私は教わりました。私は、カトー・ハヴァシュから音楽とは何かを教わったことに、永遠に感謝し続けます。