The Strad の追悼記事を翻訳しました

恩師カトー・ハヴァシュ先生が亡くなったことを知らされて3ヶ月以上たちました。

先生がもうおられないことを思い出す瞬間、どうしても寂しさが拭えません。

今日はそんな思いを胸に、The Strad誌に掲載された追悼記事を翻訳してみました。

Web版にはたくさんのコメントが書き込まれていますが、その中から、友人であるジュリアン先生のコメントを翻訳しました。

ぜひお読みください。

(翻訳ここから)

独自の「ニューアプローチ(新学習法)」は永遠に

ハンガリー人ヴァイオリニストでヴァイオリン・ヴィオラ教師、「ヴァイオリン演奏への新しいアプローチ」を掲げて身体的な怪我の予防とあがりの除去に貢献したカトー・ハヴァシュ氏が亡くなった。98歳であった。

カルパティア山脈のふもとの小さな村トランシルヴァニアに生まれ、文字を覚える前に楽譜を読んだ。

最初についたヴァイオリン教師は、あらゆる曲を、リズムに乗って手をたたきながら音名で歌わせ、それからはじめてヴァイオリンで弾くことを許した。

コロジュバールでの初リサイタルは7歳の時で、ブラームスのハンガリア舞曲、ドレスデンのフランツ・シューベルトの「蜜蜂」Op.13他を演奏した。

後にブダペストで、自分がコダーイメソッドで教わったのだと知ることになった。

ハンガリーのジプシーヴァイオリンに対する愛着は、「私が言葉を話す前から」だと回想される。そして、9歳の時には、友達の家に滞在中、わざとジプシーの子どものような汚い恰好でお客の前に現れ、”病気の家族に代わって生活を支えている”とジプシー風の物乞いをしてから、数曲を演奏した。後で嘘を白状して、集めたお金を返そうとしたが、お客たちは、彼女の演奏の素晴らしさに満足して受け取らなかったという。「あれが、私のはじめてのギャラだったわね」と語った。

10代の頃は、ブダペストのフランツ・リストアカデミーで、高名なイムレ・ワルドバウアー教授に師事、バルトーク、コダーイ、ドホナーニにも出会い、彼女のはじめてのリサイタルにも姿を見せた。そしてこの頃に、演奏へのプレッシャーを感じるようになり、身体的な影響が出てきたという。

17歳には、ニューヨークのカーネギーホールでデビューリサイタルを行った。このときには、精神状態が演奏の質に及ぼす影響をしっかり自覚するようになった。「楽器はすねてしまったようで、自分の左手も同じだった。」とこれに続くアメリカ時代を振り返った。幸運なことに、ハンガリー系のアメリカ人指揮者、ウジェンヌ・オーマンディーの紹介で、ヴァイオリニストのデヴィッド・メンドーザに出会い、彼から左手の自然な動きを学んだ。

それが最後のひと押しとなり、18年間に渡って3人の子育てをする間に、ハヴァシュ氏はヴァイオリンの教育システム「ニューアプローチ(新学習法)」を確立するに至った。ジプシーの自然の流れに従う奏法と、ワルドバウアーのメソッド、コダーイのリズミックパルス、そしてメンドーザの左手のテクニックらの影響が合わさった。

彼女のアイデアは物議をかもした。というのも、当時の奏者はまだ、評価を落としたり仕事を失う恐怖から、自分たちを疲弊させている”痛み”を隠そうとする気風があった。にもかかわらず、ハヴァシュ氏が、「そのような苦しみは避けられる」と公言したことは、伝統的な教授法を脅かすものだととらえられたのだった。

それでも、多くの奏者はー高名な者はお忍びで、自分の問題を携えて彼女の元へ集うようになった。そして、1960年にはボスワース社が、彼女にこの指導原理を執筆よう依頼した。(訳注:これは、「ハヴァシュバイオリン奏法」[石川ちすみ訳、ヤマハミュージックメディア刊]として、日本で2014年に発売)本はたちまちにベストセラーとなり、世界中から多くの人が彼女の元でレッスンを受けるようになった。

国際的な講座ツアーも組まれ、生徒たちが実際に演奏で試しながらあがりの克服を経験できる場が求められたため、それは音楽祭へと発展した。ハヴァシュ氏の国際弦楽学校と連携したパーベック半島音楽祭である。また、ハヴァシュ氏はロンドンのローハンプトン音楽祭、オックスフォード国際音楽祭も設立したが、そのオックスフォードは、彼女が人生の晩年を過ごす地となった。2002年には、エリザベス女王二世の誕生記念叙勲にて、「音楽への貢献」を讃えたOBEを与えられた。彼女の書籍は、多くの言語に翻訳されており、「ニューアプローチ(新学習法)」は永遠に語り継がれるであろう。

出典:The Strad

https://www.thestrad.com/news/kato-havas-has-died-aged-98/8547.article

【コメント】

by ジュリアン・ヴィグボルドス(オランダ在住 ヴァイオリン教師)

「私にとって、カトー・ハヴァシュは紛れもなく、音楽の天才です。彼女が発明した”ニューアプローチ”は、ストレス、力み、あがりを克服するための単なる指導戦略ではありません。それ以上のものです。それは、非常に系統だった方法で力みや不安を、安心へと、弾きやすさや喜びへと変えていく方法なのです。

その目的は、恐れや痛みを演奏から排除することではないし、あなた自身のことですらありません。

つまり、音楽会に出かけたとき、その美しさに浸り音楽の物語に感銘を受けるとき、誰が弾いていたかなど忘れていませんか?私達が聴きたいのは音楽なのであって、それだけが必要なのです。つかの間であれ、自分たちや人生への信頼感を味わいたいのです。日々の問題を横へ置き、鼓舞されたいのです。

カトー・ハヴァシュのニューアプローチは、そのような美しい贈り物を聴衆へ届けるように、とあなたに教えるものです。それがフォーマルな演奏であろうが、家庭の親睦の場であろうが関係なく。演奏するとは、与えることです。音楽の奇跡を与えるのです。喜びと、安心とを与え、聴衆の心に触れます。そして、聴衆はあなたのことを忘れ、あなたも自分自身を忘れます。こうして我を忘れ、音楽そのものになったときにはじめて、あなたは人々に手を差し伸べることができ、それはこの世の天国になります。このことを私は教わりました。私は彼女から音楽とは何かを教わったことに、永遠に感謝し続けるでしょう。」

(翻訳ここまで)

ジュリアン先生、私も同じ思いです。

涙・・・