随筆石と竹「今でしょ!」

“石川さん、見ました。バッチリ映ってました”
“石川さんよく映ってましたよ”
“先生、この間TVに出てられましたね。拝見しました”

3人の竹友に立て続けにこう言われて私はハタと首をひねった。どうやら私がテレビに出ていたらしいが全く心当たりがない。 “大阪駅の歩道橋を歩いている時にロケのカメラに入ったんやろか、いやいやそれなら東京では流れへんはずや”“ヴィッセル神戸の試合を観に行った時に客席でだらしなくビールを飲んでる姿が撮られたんやろか、いやいやヴィッセルは今J2やしスポーツニュースに動画で出ることはないはずや”“尺八つながりの3人にかつがれてるんやろか、いやいやその内の2人はそんな儲からん冗談はするはずないわ”

訝りながら1人に確認をとってみると、ずっと前に収録されたゲームソフト音楽の録音風景のVTRがテレビに流れ、その中で私がけっこう目立っていた、とのことであった。

私は納得した。その収録のシーンなら鮮明に記憶に残っている。
それは佐村河内 守(さむらごうち・まもる)さんという珍しい名字の作曲家のゲームソフト音楽の録音だった。オーケストラと邦楽器ソリストと楽器群を合わせると総出演200名超というとんでもないプロジェクトで、オーケストラは新日本フィル、邦楽器ソリストに横山勝也師、林 英哲さん、沢井一恵先生ほか豪華メンバー、そしてバックに横山、沢井両師の一門がたーくさんという布陣だった。それにゲストクリエイターとして当時人気急上昇中の金城 武さんも来られていた。
会場はまだ新しい東京国際フォーラム。その舞台で生録音をした後、記者発表というスケジュールだった。記録を辿ると1999年とあった。その時は“ゲーム音楽なら打ち込みでも済ませられるのに、こんなに山ほどお金をかけて話題作りが出来るゲームソフトというのはごっつい儲かるものなんやなあ”と不思議な感心をしたのを憶えている。しかし、残念ながらその時の音楽がどのようなものだったかは全く記憶にない。

近年、その佐村河内さんの書かれた交響曲第1番《HIROSHIMA》が一大センセーションを巻き起こし、作曲者のキャリアを紹介するためにその14年前の録画資料が使われたらしい。

収録のあった1999年から8年たった2007年に佐村河内さんは「交響曲第一番」という自伝を出版された。新聞広告によってその刊行を知った私は佐村河内 守という作曲家個人への関心からすぐに購入し読み進めた。私は驚愕した。そこには“壮絶”“凄絶”“凄惨”などという言葉では到底表しきれない人間の半生が赤裸々に綴られてあった。歴史上の人物はさておき、現在生きている人の伝記でこれほどまでに凄まじく、衝撃的なものを私は知らない(敢て内容は記しません。ご一読ください)。一気に読破した私はその単行本を本棚の片隅にお蔵入りさせ、おそらく再読することはないだろうと思った。

その後、佐村河内 守という一度目にしたら忘れることの出来ない名前は少しづつ新聞や音楽雑誌、インターネットなどメディアに登場する機会が増えてきた。それは彼の才能が世間に認められる時期が到来したことを意味した。その時に才能が開花した訳ではなく、元々持っていた彼の才能を世間が気付きだしたということであろう。
2010年8月、京都・コンサートホールにおいて交響曲第1番《HIROSHIMA》の全3楽章の世界初演が行なわれることをインターネットで知った私は、“そんな大きいホールで人が集まるんやろか、その日は空いてるし行かせてもらお”と、さっそくチケットセンターに予約しようとした。ところが何と、私が問い合わせたその時にはすでに全席完売だった。私は聴きに行くことが叶わなかったが何故か安堵した。

そして冒頭の“石川さん見ました”である。
“いつ聴くか?今でしょ!”ということで私はさっそくCDショップへ交響曲第1番《HIROSHIMA》を買いに走った。CDショップのクラシックコーナーでは一番目立つところに置かれてあり、あらためてこのCDが最注目盤であることを確認した。
“こんなにワクワクしながらCDを聴くのは何年ぶりやろ”と思いながら80分の大作を夜中、朝、昼と3回続けて聴いた。クラシック音楽には浅学な私、とりわけ交響曲はベートーヴェンの奇数番ぐらいしか繰り返し聴いたことのない者にとっても、その重厚なサウンドと、闇の中に一筋の光明が差し込み、それが徐々に希望の大光へと移り変わっていく時間には言葉では言い表せない感動を受けた。それに何よりも、人の何倍、何十倍もの試練を与えられ、見事にそれに打ち克った佐村河内さんに感銘を受けずにはおれなかった。
既に佐村河内さんのCDは第二作の『シャコンヌ』も発売されているようである。次はこれを聴くのが楽しみである。

 

自分のことに話を移すが、ようやく時機を得て今年CDを2タイトル制作する運びとなった。自分の中では身体性(吹奏技術)と精神性のバランスは今が一つのピークを迎えているとの自覚があり、“いつ録るか?今でしょう”となった次第である。1枚は自分の愛好する古典本曲を、曲ごとに最もふさわしいと思える管(1尺4寸管ぐらいから2尺7寸管まで6~7本使用の予定)で録音するもの、もう1枚は私が作曲家に委嘱して数回しか演奏の機会がなかった現代作品をまとめたもの、である。この7月から、まず古典本曲集から録音を始める。
あいかわらず呆れてしまうほどの貧素な音、拙い演奏ではあるが、恩師 横山勝也先生から教えていただいた全てを音の中に、曲の中に籠めたいと考えている。

その直前に佐村河内さんと再び接点を持つことが出来、多くの教示と感銘とを受けたことは僥倖という他はない。録音にどのような影響を及ぼしてくれるのか自分自身とても楽しみである。
そしてまた、この佐村河内さんとの出会いも横山先生を通してのものであった。古典本曲集は横山先生に捧げるものである。天に届く私なりの最上の音を吐き出したい。

One Response to 随筆石と竹「今でしょ!」

  1. na☆co on 2013年8月3日更新 at 8:51 AM

    (こちらでは)初めまして。

    佐村河内さんのお名前は、
    私も新聞で拝見したことがありました。
    その時にチラッと興味をもったものの、
    日々の生活に流されて忘れかけておりました。
    こちらの石川先生の石と竹を拝見し、思い出した次第です。
    「交響曲第1番《HIROSHIMA》」と「シャコンヌ 」、
    すぐにはムズカシイですが、いつか必ず私も聴こうと思いました。(←単純)

    2007年に出版された自伝(当時、講談社)は、
    今年の6月に幻冬舎さんから文庫化されているようですね。
    今、読みたい本がたまっておりますので、
    こちらもすぐには無理ですが、
    いつか必ず読んでみようと思いました。(←やっぱり単純)

    それから、この度の「今でしょ!」を拝見し、
    一番ビックリしたのは、石川先生の随筆に金城武の名前が出てきたことでした。
    そういえば、鬼武者あたりでゲームの世界に絡んでいた記憶があります。

    そんなくだらないことを思い出しながら、
    私もちょっとたまにはコメントを残したくなりました。

    今後ともどうぞよろしくお願い致します。

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