随筆石と竹「ホスピタリティ」

 

2014年4月27日、風光明媚な海のまち舞鶴において、『上田流尺八道竹龍会創立60周年記念・中村雅園師開軒50周年記念 邦楽演奏会』が賑々しく開催された。

会主の中村雅園師とはもう30年ぐらいの親交になるだろうか。私がまだ勤め人で髪もフサフサしていた頃に、京都の故・吉島悦楽子先生のお稽古場でお会いしたのが最初だったように思う。

「芸歴」ではなくて「開軒」されてから半世紀も経つというのだからすごいものである。喜寿を迎えられた雅園師は、10年ほど前の大病を乗り越えられ、お元気そのものでいらっしゃる。

1年以上も前に雅園師から“この日に会をやるので出演してちょうだいね”というお誘いのお電話があり、“よろこんで参ります”と二つ返事でお引き受けした。その後、印刷物のチェック原稿が送られる段階で、私は自分が上田流の家元先生に次ぐ扱いであることを知り、「しっかり務めさせていただかねばならない」と恐縮しながらも気を引き締めた。

雅園師は上田流の重鎮でいらっしゃるが、国際尺八音楽祭や国際尺八研修館の多くのイベントに参加され、また、虚竹禅師奉賛会の常任理事も就かれるなど、大局的な見地から尺八に取り組んでおられる。そのため、古典本曲や福田蘭童作品も「良いものは良い」と、上田流の曲と同じように大事にされている。普通であれば、家元が参会される演奏会に他派の曲目を番組することはタブーだと思われるが、雅園師は今回の演目に古典本曲『手向』や『鹿の遠音』、福田蘭童作品などを取り上げられていた。取り上げた雅園師、そしてそれを認められた家元師お二人の広い心に敬意を表したい。

前もって送られてきたプログラムを拝見すると、私は鈴(れい)の助演も含めると8曲の受け持ちであった。群奏での『手向』『編曲八千代獅子』『吉備路』『編曲元禄花見踊』『遍路(鈴)』に加え、福田蘭童名曲集と題された中から『利根の舟唄』『蟲月夜』『ねずみ車』を吹かせていただくことになっていた。実に私の好きな曲が並び、嬉しいことこの上なかった。

いよいよ会本番を明日に控え、私は前日練習のため舞鶴の地に降り立った。舞鶴はもう5、6回目になるだろうか。海から漂ってくる潮の香りが心地よい。

お昼前に会場入りし、昼食、綿密なリハーサル、そして豪勢な夕飯、と手厚い“お・も・て・な・し”を受け、用意していただいた旅館に投宿した。何年ぶり、人によっては何十年ぶりにお会いする方もおられ、お互いの無事を確認したり近況を報告したり、楽しい一日であった。

 

一夜明けていよいよ本番当日、朝からこの上ないほどの晴天に恵まれた。お天道様も記念演奏会を祝福してくださっているようだった。

当日リハーサルが始まる前、雅園師が全出演者、スタッフに対し挨拶をされた。「こうしてこの日を迎えることが出来たのも、皆さん一人一人にご協力をいただくことが出来たからです。感謝感謝のほかありません」心から発せられているそのお言葉に私はじーんときた。

出演者とスタッフ、関係者を合わせると200名にも及ぶ人たちが関わっていた。出演者の中には仙台や千葉、東京、富山など遠方からも(もちろん自弁で)参加されておられた。その誰もが雅園師を祝福していた。“やっぱり雅園先生の人徳やなあ” 私は隣にいる竹友と話した。

会本番は見事なくらいに段取りよく進行し、出演者もお客様も大満足という盛会で終了した。特筆すべきはこのような大掛かりな会にもかかわらず、予定よりも30分も早く終演を迎えたことであった。これには理由があり、今回はホールのオーケストラピット(以下オケピット)も使用して進行していた。「尺八はこんなにいい音がする楽器だ、ということをお客さんに知ってもらいたくて、尺八だけの曲はオケピットで演奏してもらいます」先の挨拶の時間に雅園師は説明されていた。

尺八曲をオケピットで演奏している間に、緞帳の裏では箏や三絃、長唄などが加わる合奏曲の準備がなされ、ピット上での尺八曲が終わり次第緞帳が開き合奏曲の演奏が始まる、というスムーズな展開であった。尺八の音を身近で聴いていただき、かつ、進行を早めお客様を退屈させない、という優れた演出に私は感服した。

 

その後に開かれた祝賀パーティも感動的なシーンの連続であった。

お家元の挨拶に始まり、会主の感謝の言葉、門人の方から会主ご夫妻へのサプライズプレゼント、会員への最高冠称の免状授与式、などなど慶ばしいことが次々と壇上で披露された。

その目出度い席でも私は学ばせていただいた。

たまたま私の隣の席がS先生の席であった。S先生は箏の家元先生で、その日は大阪から大型バスをチャーターして30名の御門下の皆さんと参加されておられた。

“バスで日帰りとは大変ですね。朝早くから出発されたんでしょうね”私は何の気なしにたずねた。“そうなんですよ、今朝は7時すぎに出発しました。今日一人でも遅れるといけないので夕べ全員に電話をかけて、確認が終わってから休みました” さらにS先生のお話は続く。 “車の中で朝食がとれるように全員の分を準備しました。ウチは家庭の主婦が多いでしょ、その人たちは家の仕事を済ませてから出てくるので自分のご飯を食べられない人が多いんです。だから車内で食べられるようにしておいて、30分で食べて後は寝なさい、って”  これだけでもなかなか出来ないことであるが、S先生の凄さはこんなものではなかった。“お月謝は楽器を揃えることやお弟子さんのためにそのほとんどを使います。今日バスに積んできた箏も全部お弟子さんの稽古用に買ったものですし、今日のバスも私が用意したんですよ(大阪から舞鶴まで丸一日バスをチャーターしたらいくらかかるんや!)” 自慢するでなくサラッとおっしゃられる。私は驚きを隠しながらお話を聞き続けた。“私が元所属していた会派はお弟子さんまでいろいろな名目でお金を徴集されたんです。私が独立したことはそれも一つの理由です”“とにかくお弟子さんに長く続けてもらうには余分なお金を使わせないことですね”。

記念演奏会においてS先生とご門下の方々は、皆ほんとうに楽しそうに参加され、音楽に取り組まれている姿が印象的であった。S先生のお話を伺うとそれが見事に腑に落ちた。師匠がお弟子一人一人を大切にし、それを実感する門人の方たちも敬意と誠意を持って師に従っていらっしゃるのである。

宴もたけなわの頃、S先生ご一行が帰阪されるために席を立たれることになった。“今日はありがとうございました。お気をつけてお帰りください”と私が謝辞を述べるとS先生は“こちらこそ楽しかったです。私たちはバスの中でこの続きをします。ビールとチューハイをクーラーボックスに入れて用意してあるんですよ”とおっしゃられた。私は心の中で“ギャフン”という声を聞いた。「ここまで人のために出来るものなのか」最後にとどめを刺された気がした。

 

雅園師とS先生、お二人の大先輩先生のホスピタリティに私は多くのことを学ばせていただいた。私こそ感謝感謝のほかはない。もっともっと自分を磨き、縁あって私のところに来られる人に誠心誠意、心を込めて接していきたいと思った。

晴れがましい舞台に立たせて戴いただけでなく、心の洗濯と学びもさせていただき、スッキリとした気分で舞鶴を後にした。

 

 

 

 

2 Responses to 随筆石と竹「ホスピタリティ」

  1. 小林 洋 on 2014年5月7日更新 at 11:06 PM

    中村雅園師は私も存じ上げております。鳥取市鹿野町で行われている虚無僧行脚の折にお会いしました。私のような若造にも声をかけて頂きました。お元気のようで大変うれしく思います。

    • admin on 2014年5月8日更新 at 8:16 AM

      小林 洋様
      コメントありがとうございました。雅園先生は喜寿とは思えぬほどお元気でした。また夏の美星で皆さんとお会い出来ますことを願っております。
      石川利光

admin にコメントする コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です