随筆石と竹「師弟関係ええなあ」

5月某日、私はライブ会場を予約するために和歌山へ向かった。

大阪・南海電車なんば駅から和歌山市駅まで特急で1時間、ちょっとした遠足である。いつもは電車の中では楽譜をガン見したり、暗記用の音源をガン聴き(?)したりで、本を読む余裕はまったくといっていいほどないのであるが、反省も含めその日は久しぶりに本を読もうと思い、なんば駅構内の本屋さんへ入った。
遠足にふさわしい本を、と物色していると一冊の新書に目が止まった。そのタイトルは『青春の上方落語』(NHK出版新書)。落語作家の小佐田定雄さんが笑福亭鶴瓶、桂 南光、桂 文珍、桂ざこば、桂福團治、笑福亭仁鶴(敬称略)、の今をときめくスター落語家6名にインタビューした話をもとに構成したものである。
その存在自体が面白い(失礼!)スター達が、その生い立ちから、師匠に入門し、修業に明け暮れる様子を語っている実話である。面白くないわけが無い。数ページでその面白い世界に引き込まれ、気がつくともう和歌山だった。

スター落語家ご自身のエピソードも面白く楽しいのであるが、興味をそそられた方には本書を買ってお読みいただくとして、今回は私がそれらのエピソードと共に興味を惹かれた、それぞれの師匠のお話について記すことにする。

この本によると、いまを去ること半世紀前は、上方落語の落語家は20名ほどしかおらず、一時期は「上方落語は滅んだ」とも言われたことがあったらしい。しかし、その20名ほどの先達が危機意識を共有し、上方落語を後の世につなごうと努力に努力を重ね、2013年現在では240名余りの巨大な陣容を誇るまでになったそうである(そこまで増えてどないするんや、という記述も本誌にはある)。その苦しい時代に先頭に立ち、上方落語滅亡の危機を救おうと必死で取り組まれた旗頭が「上方落語四天王」と称えられた六代目笑福亭松鶴、桂 米朝、三代目桂春團治、五代目桂 文枝の皆さんでいらっしゃった。本書に登場するスター落語家6名は、皆この「上方落語四天王」の一門でいらっしゃる(南光さん以外は四天王の直門、南光さんは桂 米朝師匠の門人、故桂 枝雀さんの門なので孫弟子にあたる)。
四天王のおっしょはんがた(お師匠樣方)の、門人への向き合い方や指導方法などは、三者三様ならぬ四者四様でとても面白く、またそれぞれに味わい深い。

本書に登場する笑福亭鶴瓶さん(私の高校の先輩)、笑福亭仁鶴さんの師匠である六代目笑福亭松鶴師は、話芸そのままの豪放磊落さで弟子に接した。 稽古においては噺の骨格が大きく違わなければ許容範囲であったらしい。仁鶴さんは入門当時から稽古をつけていただいたことが記されているが、鶴瓶さんは一度も稽古をつけてもらっていない、ということがそのエピソードと共に書かれてある。しかし、鶴瓶さんが入門直後に寄席会場で新聞記者に言いがかりのようなものをつけられた時に、「いずれ、あいつになんぞ取材とかせんなあかんようになるかもしれんやろ!」と、逆に新聞記者を叱りつけた話や、仁鶴さんが吉本の演芸場で他の芸人さんに交じって高座に上がっている時に、本人には内緒で来場し、終わってから「この劇場やさかい、あれでええんや」と楽屋に入って来られた話などに、人情味あふれ懐の深い人柄がしのばれる。鶴瓶さんの「どんなにどつかれても、おやっさんについていこうと思いましたよ」との言葉が印象的である。

本書に登場する桂 文珍さんのほか、前・三枝さん、きん枝さんなどを育てた五代目桂 文枝師は艶美で華麗な高座で名を馳せられた方であるが、「弟子を育てるのは盆栽を育てるようなもんや。中には曲がったやつもおりまんねや。針金でいがめたらないかんやつもおるしね。違うとこへ延びてきたらバサッと切りまんねや」とよくおっしゃられていたらしい。文珍さんの言によるとある種の「捨て育ち」で、本人の自由にまかせ、大きく社会性を逸脱しているということであれば、その前にアラームを鳴らして指導する、という育て方とのこと。相手によって、ほめて伸ばす子と、ボロクソに言って伸ばす子と、使い分けて25人もの弟子を育てたということである。そして「ひとりの人間としてちゃんとしていないと、芸人としても大成できない」との理念をお持ちだった、とも。私が門人、特に若手のプロへの接し方もこれに近く、たいへん共感できる指導方法をお持ちのおっしょはんでいらした。

文珍さんが「この噺は難しいですな」と言うと、「そら目方がいるな。演者に目方がないと、ネタに負ける。で、蹴られるやろなあ」とよく言っておられたとのこと。また、細かいことを「ここはどうしたらいいですか?」と問うた時には「そこはピャッとやってパッと離したらドーンとウケるさかい」との答えが返ってきて「ジャイアンツの長嶋さんやな、この人は」と感じ、その時はよくわからなかったのが、30年ぐらい経つとわかるようになってきた、との回想も興味深い。

3人目のおっしょはん、三代目桂春團治師については、指導方法などについては本書ではあまり触れられていないので不明であるが、「つながりの筋」をとりわけ大事にされた、とのこと。たとえばAという人のおかげでBさんと知り合うたとしたら、「Aさんのおかげ」という恩を絶対に忘れたらいかんと。噺のネタについても同様で「人が売り物にしているネタはその人に許可を得て、習いに行ってからやれ」ということを厳しく教えられたらしい。春團治という名は♪芸のためなら女房も泣かす〜♪という歌などで有名なところから、破滅的な芸人がこの人かと勘違いしていたが、それは初代(1878年〜1934年)のことで、YouTubeで三代目の芸を拝見したところ、とても繊細で淡々と語られる落語が感じ良く、いっぺんでファンになってしまった。現在84才、まだまだ活躍していただきたいものである。

最後に登場するおっしょはんは、人間国宝で関西を代表する文化人のお一人でもいらっしゃる三代目桂 米朝師である。端正な語り口調、端麗な容姿で、学者のような雰囲気をお持ちであるが、弟子には本書の桂 ざこば(二代目)さんの他に、月亭可朝さんや故・桂 枝雀さんなど、ご本人の芸風とかけ離れたような異能派の人もたくさん輩出されているところが面白い。四天王の中では弟子に対して一番稽古熱心なおっしょはんのようである。

ざこば(前・朝丸)さんが内弟子時代の稽古の様子を話されている。

“二階の師匠の部屋から「朝丸、稽古!」ていう声が聞こえたらドキーッとしました。(中略)ひとつのネタを何分かに区切って二へん、師匠がしゃべってくれます。ぼくは二へんではおぼえられないので、いつも「もういっぺんだけお願いします」て頼んでた。そのうち、二へんでなんとか取れるようになってきました。稽古してるうちに師匠もイライラしてくるしね。(中略)キセルとたばこ盆を使いながらの稽古ですねん。イライラすると、キセルを灰吹き―たしか金物やったかな―に打ちつけるコーンて音がだんだん大きなってくる。また吸うスピードが速くなってくる。怒るのも、言葉と音と両方ですわ。「違う、あああもう!コーン!」こっちも「あああ!」言いたくなりますよ。すごい稽古ですわ。一時間、叱られっぱなし。”これは自分の弟子に限らず、他の一門の弟子に対しても同じだったという。

米朝師は当時よく若手にこう言われていたそうである。「年数たったら勝手に上手くなるように思うとる噺家がいてる。そうやない。ああでもない、こうでもない、いろんなことを試して伸びていくのに、習うたとおりずっとやっとったら上手くなるように思うとる者がおる」

これはまさしく横山勝也先生が常々口にされていた“工夫と努力”である。私もこの言葉をもう一度胸に刻み精進したい。

三代目米朝師は御年88才、米寿を迎えられていらっしゃる。昨今は体調不良のニュースを見聞するが、上方落語界の頂として長生きを願うばかりである。
本書に登場する6名のスター落語家とおっしょはんとの関係はそれぞれであるが、共通しているのはその芸、人柄に惚れ込んで入門しているという点である。そこからある意味、親子を超えた強い絆が出来ている。

幸運なことに私も横山勝也という人生最大の師に入門することが出来、25年もの年月を師弟関係を続けさせていただくことが出来た。人生の巡り会わせには感謝するばかりである。

そしてまた、不肖私にもありがたいことにたくさんの門人がいる。日々レッスンをおこない、私が持っているものをお伝えしているが、私もまだまだ修行中、発展途上である。いつの日か、私も門人たちにエピソードなどを面白おかしく語ってもらえる日がくることを楽しみに、自分を高めていきたいと思う。

 

 

 

 

6 Responses to 随筆石と竹「師弟関係ええなあ」

  1. Takeo uetsuhara on 2014年6月19日更新 at 11:23 AM

    横山先生の工夫と努力の話、その通りだと思います。
    一般に師匠がご健在の間、何か変わったことをしようものなら、師匠に何と言われるだろうと師匠の顔色をみながらなかなか思いきった自己流の演奏を出来ないことがありますが、この自己流こそが工夫であり、これを確立する事が個の確立であると思います。
    一人の演奏家として自立する人には個性を大事にしたいものです。
    先生のお弟子にはいろんな個性を持った(音楽のジャンルを含めて)方々がおられるようで、どの噺の師匠でしたっけ様々な個性を持ったお弟子がおられましたね。

    つい先日、古賀将之先生の尺八ワークショップを開催しました。
    古賀先生はご存知ですか? 創成期の音楽集団のメンバーです。
    先生のFacebookのプロフィール写真(Masayuki Koga)は若き日の横山先生と並んで尺八を演奏するご自分とのツーショットです。
    米国で40年以上にわたり横山先生の尺八を研究し続けてこられたそうです。
    両氏は師弟関係はないので、まさに工夫と努力で独自の奏法を開発されたものと思います。
    大変有意義なワークショップでした。
    日本中のプロの演奏家にも入門間近の人達にも聞かせたい内容でした。
    ただ今、録音を文字に起こしています。

  2. 隠居波平 on 2014年6月19日更新 at 6:33 PM

    >ああでもない、こうでもない、いろんなことを試して伸びていくのに

    このくだり、まさに、同感!!!
    ただし、伸びて行きつつあるのか、はたまた、ねじまがりつつあるのか、これが判然しないですぁ~、
    我流稽古は極めて危険、
    わたし、その危険のど真ん中、

  3. admin on 2014年6月20日更新 at 1:22 PM

    コメントありがとうございました。ほんとうに先達のお言葉には含蓄があり味わい深いですね。私も今は師がいない状態ですので自分で慎重にジャッジしながら進んでいます。

  4. admin on 2014年6月20日更新 at 1:32 PM

    古賀将之氏の演奏は日本音楽集団の初期の録音で数曲聴かせていただいたことがあります。米国に行かれたことは存じておりましたが、横山先生の尺八を研究されていらっしゃったことは初めて知りました。貴重なコメントをありがとうございました。

  5. 田村浩一 on 2014年6月30日更新 at 6:10 PM

    名前だけはよく 知っている落語家と弟子、横山先生には昔秩父の三峰山でお会いしましたため親しく読ませていただきました。あの人のためならどこでも、死んでもいい。そんな出会いや上司を持った人は幸福です。探し求めて早70年。それも人生カも。諦めずに挑戦と精進が大事かと。勝手な読後さすみませ

    • admin on 2014年6月30日更新 at 7:38 PM

      田村様
      コメントありがとうございました。「諦めずに挑戦と精進が大事かと。」ほんとうにその通りだと共感いたします。石川拝

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