随筆石と竹「東欧」

 

9月、10月と続けて海外公演に連れて行っていただいた。飛行機に乗って外国へ行くということは何度体験してもワクワクするものである。

 

9月は京都創生座のサポートメンバーの一人としてロシアのモスクワ音楽院を訪れた。創生座メンバー岡田道明君と杵屋浩基君に加え、米村鈴笙君、伊藤美奈子さんと私、という旧友ばかりの一行となり、気の張らない楽しい旅となった。

なかなか出発日や航空機が確定せず、少々やきもきしたが、予定されていた日程の間際になって滞りなく事が運び、9月9日にめでたくモスクワへ降り立つことが出来た。9月といってもそこはロシアなので少しは寒いかと思っていたら関西とほとんど変わりなく、一番気温の高い日は28度だった。そんな日はロシアの大きなにいちゃんがTシャツで歩いていて拍子抜けした。

初めて訪れたロシアはさすがに大国だけあって何から何まで巨大であった。大通りに面した建物などは向こうの端がどこまであるのかわからないくらいバカでかい。やっぱり大国はすごいわ、と思って少々ビビっていたら、公演の会場となるモスクワ音楽院は歴史を感じさせる落ち着いた建物で安堵した。

コンサートはロシア入りして3日目に行なわれた。内容は“オール現代邦楽”というプログラムで、尺八三重奏曲が2曲(「第四風動」と「わだつみのいろこの宮」)、尺八と箏(「萌春」)、尺八と三絃(「明鏡」)、箏と三絃(「銀河」)のそれぞれのデュオが1曲ずつ、尺八・箏・三絃の三曲合奏形式が1曲(「夕影の詩」)、という組み合わせだった。よく考えられたもので、5人のメンバーがそれぞれ3曲ずつという絶妙な構成であった。私はこの中で尺八三重奏の2曲と「夕影の詩」を演奏させていただいた。

モスクワ音楽院にはもう20年以上も前から、京都在住の箏曲家・岩堀敬子先生とその御門下の方々などが箏の指導や公演に再々出向かれていることもあり、和楽器や日本音楽に対する関心や興味を持たれている方が非常に多いようである。そのせいか、会場となった音楽院内のラフマニノフホールにお越しのお客様はとても高い集中力と熱気を醸し出されていて、こちらが圧倒されそうなくらいだった。が、そこはそこ。こちらも日本と尺八界を代表して舞台に立っているのであるから、日本男児の気概を見せるべく熱い想いで演奏した。個人的にはちょっぴりやらかしたが、全体としてはなかなかの出来で、聴衆の皆さん、スタッフの方々に喜んでいただけるコンサートになりホッとした。

惜しむらくは公演がこの1回だけであったということである。せっかくたくさんの時間やお金を使って遠いところへ連れて来ていただいたのであるから、もっと演奏やワークショップの機会があれば良かったと思う。火曜日出発、木曜日本番、土曜日帰宅、という大がかりな学校公演であった。ともあれ、お世話をいただいた京都芸術センターおよびモスクワ音楽院のスタッフの皆様、同道の旧友にこの場を使い御礼を申し上げる次第である。

 

10月には一昨年に続き、地唄舞の花崎杜季女師のご一行に加えていただきリトアニアとポーランドを訪れた。地図で見ると、先のモスクワと両国とは目と鼻の先のところである。今年はその一帯とずいぶんご縁があった。

さて、こちらのツアーは全13日間と少々長かった。今回のメンバーは団長の杜季女先生と舞台監督のカミヤさん、それに団長の右腕として花崎さみ八さん、地方に三絃の菊聖公一師と尺八漫談(うそ)の私、の5人編成であった。

公演はリトアニアで3回、ポーランドで2回の計5回。前回と大きく異なる点は、公演の中に、現地の音楽家とのコラボレーションやワークショップの時間が組み込まれていたことである。コラボレーションは3会場で決まっていた。予め楽譜や音源が送られてきていたが、どうコラボするかは何も決まっておらずお任せとのこと。近頃はこういう事からは遠ざかっていたので思案に暮れたまま日本を出発し現地入りした。それらのうち、楽譜のある曲はまだ音の高さがわかるので問題ないが、音源だけの曲は実際に合わせてみないと高さがわからないため、いろいろな調に対応出来るべく持参する楽器を揃えたところ7本になってしまった。

楽器は機内持ち込みにしているのでショルダーバッグに尺八7本、楽譜、音源の入ったレコーダーを詰め込んだらそれだけで結構な大荷物になってしまった。

3会場のコラボレーションは、リトアニアのヴァイオリンとリトアニア琴とヴォーカルの美人姉妹(ほんとうにビックリするほど美しかった)、ポーランドの古楽器のようなハープ弾きお二人、同じくポーランドのピアノとソプラノのデュオ、ぞくぞくするような混声合唱、などなど初めての体験の連続であった。毎回最初は少々緊張したが、いずれも相手を邪魔することなく(と思っているのは私だけ?)、尺八という、現地の人にはよーわからん笛を紹介出来たのではないか、と思う。まさに“案ずるより産むが易し”であり、ちょっぴり自信にもつながった。

リトアニア2会場におけるワークショップは水道管尺八を6本用意して(こちらはスーツケースなのね)、体験希望者に一斉にトライしていただいた。体験者5人のうち最初の会場では3人、次の会場では何と4人が数分の間に音を出されビックリ仰天した。さすがに音楽性の高い国である。まだ彼の地で尺八に取り組んでいる人を聞いたことはないが、ぜひ尺八が広まってほしいと願う。

そして、今回も2年前に引き続き我々のメインとなる地唄舞は大絶賛であった。バレエやダンスなどの動的な踊りとは性質を異にする、静的な日本の地唄舞が両国で披露され、熱烈なる歓待を持って両国に受け入れられたことは大きな喜びであり、誇らしかった。

地方のお二人にもそれぞれのソロを、というご配慮を頂戴し、私は全会場で本曲「産安」をありがたく吹かせていただいた。菊聖師は作物「たぬき」を披露され、これがまた絶品であった。

閑話休題、今回のポーランド公演に於いて書き忘れることの出来ない人がいらっしゃる。同国のほとんど南端、ハルクローヴァで民宿「ヴィラアキコ」を営まれているミワアキコ(三和昭子)さんである。“世界のこんなところにもいる日本人”のような番組や雑誌などで度々紹介されている人で、ご存知の方も少なくないかもしれない。25年以上前にたまたま滞在し、惚れ込んだその地に、ほとんど自力でペンションを建てられたという、もの凄い女性でいらっしゃる。

そのアキコさんと団長のご縁でポーランドの2公演が実現したとのこと。ワルシャワで初めてお目にかかり、ワルシャワ公演、ポーランド南部のノーヴィターク公演とお世話になり、ヴィラアキコで2泊させていただいた。たいへんな行動力と気配り、心配りで、その間の全てにわたってスムーズに事が運ぶよう我々を導いてくださった。表面上は普通の気さくなおばさん、といった風であるが、まさに“ビッグマザー”というにふさわしいお方である。容易くはないがヴィラアキコには生きている間に再訪したい。

そのヴィラアキコのあるハルクローヴァからは、ポーランド国内の空港に行くよりもチェコのプラハに行く方が至便ということで、8時間かけてバスで移動した。プラハでは夕方から少し観光のあと夕食をいただき、一泊して翌朝帰路に着いた。プラハは噂に違わぬ美しい街で、ツアーのご褒美をいただいたような気がした。こちらもぜひ再び訪れたいと願う。

13日間5公演のツアーが大きなアクシデントも無く終わった。この裏には、目に見えないところで多くの人のお力を頂戴し、また、小さな奇跡が積み重なっているのだと思う。関わってくださったすべての人に心より感謝申し上げる次第である。

 

前回はリトアニア万歳!だったが、今年はモスクワ万歳!リトアニア万歳!ポーランド万歳!

そして日本万歳!尺八万歳!なのだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2 Responses to 随筆石と竹「東欧」

  1. 田村 on 2014年12月25日更新 at 4:57 PM

    楽しく読ませていただきました。尺八が海外で普及するといいですね。わたしはドイツで吹きましたが喜ばれまし

    • admin on 2014年12月25日更新 at 6:27 PM

      田村さん、いつもコメントありがとうございます。近年ヨーロッパの尺八熱はすごいものがあります。私が今回訪れた国でも尺八を吹く人が近いうちに現れると思います。私もそのお手伝いが出来ればいいなあと考えています。石川

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