随筆石と竹 「My pride,my treasure」

 山下洋輔センセイといえばジャズ界のみならず日本の音楽界の巨人にして、異彩を放つ文筆家でもあられる、まさしく国宝のようなお方である。

 何と、門人の小濵明人君がその山下センセイと中欧ツアーを行なって帰ってきた。

 小濵君は尺八演奏家になるために上京して以来、色々なミュージシャンの方と交わり、特に目上の人から好かれて共演を重ねて来た。その中のお一人にドラムス・パーカッションの堀越彰氏がおられ、2012年から「LOTUS POSITION」という二人のユニットで活動を開始していた。それだけでもすごいことであるが、その堀越氏がデビューのきっかけとなったのが山下センセイ、というご縁で、2013年の年末の「LOTUS POSITION」のライブに山下センセイがゲスト出演されることになった。
 その話を最初に聞いた時、私はぶっ飛んだ。
「今度のライブに山下洋輔さんが出てくださることになりました」
「えっ、や、や、や、山下洋輔さんとラ、ラ、ラ、ライブ!そ、そ、そ、そら凄いことやなあ!」
本番の日はどうしても聴きに行くことが叶わず、自宅でヤキモキしながら過ごした。後日、聴きに行った別の門人から「小濵さん、カッコ良かったですよ。即興も勉強していてよかったですね。アドリブがピタッと決まった瞬間は大きな拍手が起きていました」その報告を聞き私は安堵した。
 その一年後、私は再びぶっ飛んだ。
「今度は山下さんとチェコとスロバキアにツアーに行くことになりました」
「げっ、や、や、や、山下さんとツ、ツ、ツ、ツアー!」
一人仰天している私に小濵君はこう続けた。
「はい、国際交流基金の主催で4公演決まりました。その前に壮行ライブが2回あります」
「そ、そ、そ、そ、そら凄いなあ!お、お、お、お、おめでとう!!」
ニコニコしながら話す小濵君は自信に溢れ、貫禄すら身に纏っているように見えた。

 不肖私の門下からこんな凄い人が現れるとは驚き以外の何ものでもない。
京都の下宿から大阪の私の稽古場へ、ギターと尺八を抱え通ってくる、当時の小濵君の姿からは想像すらつかなかった。上京後しばらくは厳しい現実に直面していたが、着々と実力と実績を積み重ねてきた。人が開花していくその瞬間に立ち会えることは、我が事以上に嬉しいものである。尺八界同年代のトップランナーの一人としてますます輝いてくれることを願っている。

 
 そしてありがたいことに、私の処には小濵君の他にも尺八の道で頑張っている人が少なからずいる。

 およそ入門順に紹介していくと、まず松本浩和君と岩本みち子さんである。二人はD大学のクラブの同級生で小濵君の数年先輩にあたり、学生時代から私のところに来ている。
 松本浩和君は始めてからすぐに尺八にのめり込んだので、「じゃあ、アルバイトするなら尺八に関わるところにするか」と言って、製管師さんのところを紹介した。卒業後はそのまま弟子入りし、数年の後、製管士として独立した。元々がマニア体質なので作る尺八も相当こだわりがあるようである。私からすると、もっと売れるタイプの尺八も作って商売上手になって欲しいとも思う。
 岩本みち子さんは卒業後就職し、しばらく尺八から離れていたが数年後に復帰して「育成会に入って勉強したい」と会社を辞めてしまった。思い切りが良く、また素直な性格が、尺八の音や演奏にも現れ、現在はいろいろなところで活躍している。関西の女性尺八奏者としても名を馳せてきて嬉しいかぎりである。
 振り返ると、二人は平成8年の私の第一回の門人会に出演している。長年に亘って私を支え続けてくれている、ありがたく、貴重な存在である。

 その第一回門人会の客席にいたのが松本太郎君である。尺八を本格的に勉強したいと、留学先のオーストラリアの大学を中退して帰国し、習うところを探している時に出会った。以来、ぶれることなく真っ直ぐに精進を重ねてくれている。独特のムードとポリシーを持ち、若い頃には少なからずマイナスになることもあったと思うが、近年はそれが個性となり、あちこちから声が掛かるようになってきた。5月17日には地元奈良で入魂の第2回リサイタルを行う。素晴らしい助演者を得て更なる飛躍の場としてほしいと願う。

 谷 保範君は故・谷 泉山師の長男で、上田流の明日を担うホープである。泉山師から「息子に本曲を教えたってください」と託され、もう15年になる。幼い頃より厳父に仕込まれて育ったため、合奏の上手さなどは早くから関西一円に知れ渡っていたが、ここ数年の充実ぶりは瞠目に値する。全国邦楽コンクールの優秀賞、日本伝統文化振興財団のオーディション合格(CD制作)、NHKオーディション合格、大阪文化祭賞奨励賞受賞、などなど。「えっ、またそんなんもらったん」という感じである。昨年より竹友4人でマニアックな尺八本曲の会も始めた。更に突き進んで上田流のみならず関西尺八界をリードしていって欲しい。

 和楽器ユニット“おとぎ”をはじめ、尺八、笛、声の仕事全般で活躍するのが安田知博君である。10歳から尺八を始めた彼とは、私が一時期指導に行っていた母校R大学で会ったのが最初であるが、もうその時点で私より尺八が上手かった。私のような凡人には聴こえない音が聴こえ、音を出すこと自体が難しい尺八を自在に操っている、といった風だった。道が二手に分かれていれば険しい方を選ぼうとするその姿勢には、私も学ばせてもらう部分が少なくない。数年おきぐらいに健康状態が不良になるようなので、くれぐれも身体を大切に前進してほしいと願う。

 松本宏平君は名門K大学のサークルで都山流尺八を学び、その後私のところへ来た。一流企業に就職し、関東に配属されたことから私の東京教室に来るようになった。仕事の傍ら愛好する古典本曲を中心に尺八を続けていて、ある年くまもとの全国邦楽コンクールに応募したところ、並みいる有力者やプロを抑えてグランプリを獲得してしまった。その後もサラリーマンを続けていたが、会社というものは出来る人ほど仕事が増えるようで、身体がおかしくなる寸前にまでなってしまった。ちょうどそのタイミングに育成会の入試があることを知り、受けてみたところ、ほとんど準備もなしに受かってしまった。コンクール、育成会と「流石にK大学に入る人は勝負強さが違うわ」と私は舌を巻いた。それから彼の尺八家への修行が始まった。現在は3ヶ月に一度の演奏の場を持つ他、いろいろな先生のところへ行き研鑽を重ねている。古典本曲志向なのでなかなかに大変な様子であるが、少しづつその存在が認められて来ているようである。結実する日を目指してがんばって欲しい。

 R大学の後輩に松山出身、在住の大萩康喜君がいる。彼も学生時代に相当尺八にのめり込み、人よりも一年長く大学生をしていた。卒業後の進路を決める際に、演奏と同時に興味のあった尺八製作も候補にしていたところ、松山に三代目西田露秋師の工房があることがわかり、運良く弟子入りさせていただくことが出来た。現在は尺八製作の見習いをメインにしながら、吹く方の勉強も行なっている。今年2月の独奏会では鮮やかな演奏を聴かせてくれた。また、尺八のコンサートや初心者向けの講習など、愛好者獲得のためのイベントも積極的に開催しているようである。今後が楽しみな逸材である。

 そして今回最後に紹介するのはロシアの新星、ボンダルチュク・パヴェル君である。2013年秋に来日し、同年12月からレッスンに来ている。彼も私と最初に会った時から上手かった。当時で尺八を始めてからまだ3年足らずということだったが、音の出し方や、メロディを作る感覚が非常に優れていて驚いた。最初はロシアに駐在している尺八愛好家に少し習い、あとは殆ど独学ということであった。独習では変な癖がつきやすいのであるが、彼にはそれが殆どないところも素晴らしい。また、やさしい顔立ちとシュッとしたスタイルはアイドルのようである。演奏パートナーのみほさんと共にいろいろな場所で活躍していただきたい。たくさんの楽器の中からわざわざ尺八を選んでくださったことに感謝し、支援は惜しまない。

 近頃では「○○さんの師匠の石川さんです」「石川さんは△△君の先生なんですか」と言われることが増えてきた。嬉しいことこの上ない。しかし、私もまだまだうまくなりたい。人をよろこばせたい。先輩後輩という違いはあるが、尺八を愛し発展を願う心に変わりはない。尺八の同志として、皆で厳しく楽しく切磋琢磨していきたい。
 

  

 

 

2 Responses to 随筆石と竹 「My pride,my treasure」

  1. 田村 on 2015年4月2日更新 at 11:49 AM

    大変興味深く読ませていただきました。マツサンの人生は冒険を実践する姿に感銘しました。石川先生の人格に惚れたからでありましょう。皆様のますますのご活躍をお祈りいます。

    • admin on 2015年4月2日更新 at 2:27 PM

      田村さま
      いつもコメントをありがとうございます。またお会いする日を楽しみにしております。
      お身体大切にご活躍ください。
      石川拝

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