随筆石と竹 「入滅」

この5月はこれまでの4ヶ月とはうってかわり、実に目まぐるしい1ヶ月だった。

 訪れた土地を記すと、京都3回、和歌山2回、奈良2回、三重、東京が1回ずつ。また、私は神戸在住ながら大阪を拠点としているので、大阪にも12回出ていた。その内訳はというと、人前での演奏が5回、録音が1回、それらのリハーサルが4回、出張レッスンが2回、門人のリサイタル激励が1回、門人会の合宿が1回、会合出席が1回、家族旅行が1回、そして通常レッスンが9回であった。この月だけみると結構な売れっ子のようであるが、年に何ヶ月かの当たり月だから堪えられるのであって、毎月毎月こんな生活が続くと、きっと音を上げちゃうに違いない。

 まあ、このご時世であちらこちらからお声が掛かり、忙しくさせてもらえるのだからありがたいかぎりである。しかもあっちゃ行きこっちゃ行きしている間に今年の「石の会・夏の演奏会」と秋のリサイタルの概要も決まってきた(「夏の演奏会」は8月23日 at 朝陽会館。リサイタルは10月30日 at ムラマツリサイタルホール新大阪ですねん。ちゃっかり宣伝!えへへ)。何とかこの良い流れに乗り、今年も充実した形で終えられるようがんばりたい。

 
 さて、その5月の最後の行事は、30日〜31日の「石の会合宿」であった。いつから始めたかは忘れてしまったが、門人会のイベントの一つとして完全に定着していて、おそらく15年位は続いていると思う。
 この合宿は、尺八をひたすら吹いて研鑽するというよりも、親睦がメインのゆる〜い催しである。皆で一時間ぐらい音出しをしたら、次は一時間ぐらいだらだら過ごす、という感じで、参加者それぞれがリフレッシュしていただくことを第一義としている。一応課題曲を用意して、日頃の個人レッスンではなかなか取り組むことの出来ない、比較的平易な尺八の重奏曲などを中心に吹き合わせたりもする。これはこれで気分が変わってとても楽しい。また、途中、自己紹介を兼ねてお一人ずつコメントしてもらうと、その人の意外な一面が窺われたりして面白い。

 初日は午後1時に開始しブーブー、だらだらを4時間ほど行なう。午後6時頃にはそそくさとBBQの体制に入りカンパーイ、その後は朝までフリータイムである。とは言え、私はアルコールが入ると高性能のAEC(Auto Eye Closer)が働くため、テキトーに人の輪から離れ、入浴したり、入眠隣接状態に入ったりする。今年は自分なりにがんばり、午後8時は覚えていたのであるが、9時は記憶にない。布団の中で気がつくと午前3時だった。
 会場を書き忘れているが、ここ数年は大阪府四條畷市にある“えにし庵”という、とても風情のあるフリースペースを丸々お借りして開催している。宿屋ではないので食事は自炊、寝具のしつらえなども自分達でやらないといけないが、それゆえに気ままに出来て快適である。お世話係は松本太郎君と岩本みち子さんの門下プロ2名が中心となり、若い衆と共同作業でつつがなくやってくれている。掃除、布団干し、買い出し、調理ほか、なかなかに大変な仕事量であるが、的確な仕事のおかげで参加者は皆快適に過ごすことが出来ており、感謝に堪えない。

 合宿二日目は午前中やはりブーブー、だらだらしてゆる〜く過ごす。その日の昼食はカレーと決まっている。スタッフが前日から仕込んだ入魂の作であり、充分ゼニがとれるまさしく絶品カレーである。あまりにも美味しいので毎回食べ過ぎてしまうところが難点といえば難点である。
 食べ過ぎてしばらく牛のように横になった後は合宿最後のコーナー、ミニ・コンサートで締めくくる。全員独奏で曲目はお任せである。

 参加者がすべて吹き終わった後は私も1曲吹かせていただく。何を吹こうかと3秒ほど思案して今回は『心月』に決めた。静かでゆったりとした、心洗われるような曲調で、聴くにはいいが吹くのは大変な難曲の一つである。横山先生がこの曲に対し「小品であるが大曲」「私はこの曲を吹く時には2倍の呼吸が欲しい」とコメントされていたが、まさしくそのような印象である。吹奏には勝也銘のA管を用いた。
仮設ステージは室内ではあるが、障子を開け放してあるので半野外のような感じである。時折吹き抜ける自然の風が心地よい。
 吹き始めると私はすぐに曲の中に没入した。吹き進むうちに、“ああ、多くの先達から私へと繋がっているんだなあ”というような感慨を覚えた。『心月』は一息の終わりにゆったりと伸ばす音が多い。一音の最後、音が減衰する部分は、私は特に注意を払って吹いているが、自分の音が消えて行くのと入れ替わるように鳥の鳴き声や風の音などが聞こえてきた。これが数度起こり、最後の一音を伸ばしている時には、私は自分の身体が無くなったように感じた。自分の肉体が消え失せ、意識だけで吹いている感じ、とでも言おうか、あるいは、生死の間(しょうじのあわい)を移ろっているかのような妙な感覚だった。

 その夜、あの感覚を表す言の葉は何だろうと考えた。
最初「入寂」という二文字が思い浮かんだが、調べてみるとこれは〈僧侶が死ぬこと〉などの意味があり、相応しくないことがわかった。さらに調べてみると「入滅」という言の葉が見つかった。私の身体的な感覚ではこれが最も近いような気がした。

 まだまだ煩悩の塊のような私であるが、真面目にやっていると、尺八の神さんからこのようなご褒美を頂戴することもあるのだ。感謝の心を忘れずに一歩ずつ吹き進んでいきたい。

2 Responses to 随筆石と竹 「入滅」

  1. 田村 on 2015年6月3日更新 at 9:01 AM

    かつて三峰山の合宿を思い出しました。関東でも計画

    • admin on 2015年6月3日更新 at 3:56 PM

      田村様
      いつもコメントありがとうございます。石の会としての関東方面での合宿はまだ予定がありませんが、国際尺八研修館は毎年春夏に三峰で合宿講習会を開催しております。
      石の会は本年12月20日に両国で演奏会を予定しております。ご都合がつきましたらぜひご出演ください。詳細が決まりましたらまたご案内申し上げます。
      石川

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