随筆石と竹 「香り立つ」

 

その昔、某元総理は奥方から“脇が甘い”と叱責されたが、私は近ごろ”脇(腋)がクサい”。

今年の夏前頃だったか、ねっとりとした汗をかいた本番の後、楽屋において私は異臭に気がついた。そのにおいは、私があまり得手としない路上生活者のそれに近いものであった。”何のにおいや、これは”と少々腹立たせながら、そのにおいの元をたどっていくと、それは何と自分の腋の下であった。”ゲゲッ”とひっくり返りそうになりながら、確認のためにもう一度自分の右腋に鼻を近づけると、やはりにおいの発信元は確かにそこだった。即座に左腋にも鼻を近づけてみたが、そちらはそれほどでもないフツーの汗のにおいで安堵した。しかし、私の右腋はこれまでに経験したことのない異臭を放つようになってしまったのである。

そそくさと着替えを済ませている私の頭の中に、“加齢臭、加齢臭、加齢臭・・・”という声がこだました。“カレー臭”は良いが”加齢臭”はいただけない。一応予備知識として、“加齢臭”とは中高年から出てくる身体からの異臭で、その原因はノネナールという物質である、ということは知っていた。とうとう私もそのお年頃になってしまったのである。”ノネナールのせいなノネ”などとシャレている場合ではない。早急に対策を講じなければならない。

さっそく翌日、私は防臭対策のためにドラッグストアに足を運んだ。それらしきコーナーに行くと、それらしきものが大量に陳列されてあった。デオドラントスプレー、シート、ロールオンタイプ、どう使うかよくわからないものまで、ものすごい種類と数である。やはりにおいは皆が気にしていることがわかった。スプレーなどは1社で10種類ものバリエーションがあるものもあった。それらの中から数種類を試し、一番爽やかそうなシトラス系のスプレーを購入した。

その日から、朝起きたらシュッ、家を出る前にシュッ、帰って来たらシュッ、お風呂上がりにシュッ、と一日に何回もシュッシュッしていると半月ほどで空気しか出なくなった。この手のものは一缶あれば一夏くらいは持つだろうと思いきや、それは甘い考えで、二缶目をすぐに買いに走ることになった。現在はこの夏三缶目を順調に消費中である。今度は何とかシートを試してみようと思っているところである。

私のモットー、信条はいくつかあるが、“無味無臭、人畜無害”もその一つである。何とかこのにおいを抑制し、人様のご迷惑にならないように努めたい。

 

ところで、the pillows(ピロウズ)というバンドが私の心をとらえて離さない。ピロウズは日本のロックバンドで、ギター&ヴォーカル、リードギター、ドラムスという3人のメンバーからなる。ライブではベースギターのサポートが入り4人編成となるが、キーボードなどが入らないので非常にシンプルなサウンドである。1989年から活動を開始し、昨年25周年のライブを東京ドームで行なったベテランバンド、悪く言えばおやじバンドであるから、メンバーの年齢もそれなりにいっていて、アラフィフといったところである。

それが、このアラフィフの3人が作り出す楽曲と演奏がメチャクチャかっこいい。私がピロウズの曲を初めて聴いた瞬間は今なお忘れることが出来ない。5年ほど前のある日の昼下がり、買い物に行ったスーパーの駐車場で、私は何とはなしにFMを聞いていた。すると、CMのあと、いきなり痺れるようなギターのメロディが流れて来た。”えっ、何このカッコイイ曲は!日本の曲?外国の曲?”とドキドキしながら集中していると、♪ジョークは笑うのが礼儀さ~♪と日本語の歌が流れて来た。“えっ、日本にこんなバンドがあるんや”と聴き続けると、深い歌詞が緊迫感一杯の美しいメロディに乗って流れ続け、興奮のうちに曲が終った。そして間髪を入れず女性DJが”ハーイ、ピロウズの「雨上がりに見た幻」でした”と告げた。

私は興奮したまま“ピロウズ、ピロウズ”と唱えながら帰宅し、そそくさとパソコンの前に座り[ピロウズ]を検索した。いろいろと検索してみると、私の好きなバンプ・オブ・チキンや、Mr.childrenなどが大変に影響を受け、他のミュージシャンからも高い評価を集めているバンドで、超メジャーという訳ではないが、コアなファンがたくさんいる、知る人ぞ知るバンド、ということがわかった。その日から、遅ればせながら私もピロウズのファンになった。

以来、ちょっとくたびれた時、凹んだ時などに「Hybrid Rainbow」「Funny Bunny」「Scarecrow」「Strange Chameleon」ほか、名曲の数々を聴き返して元気と勇気をいただいている。近頃は便利なものでyou tubeにも彼らのご機嫌なライブ映像がたくさんアップされている。ご興味を持たれた方は一聴されたい。

私が感ずるピロウズの魅力は、凄いテクニックを持つ3人がそれを前面に出さずにさらっとやってのけるシンプルでストレートなサウンドと、作者の人生観、哲学に基づく深い歌詞(ウタ)である。また、表に出過ぎない、という立ち位置も共感できるところである。

 

これは、取りも直さず私が尺八で目指すところと全く変わらない。シンプルな竹の笛で人の心に真っ直ぐに届くウタを奏でたい。臭い立つ、ではなく、香り立つような演奏をしたい。

私は尺八界のピロウズになりたい。

 

 

 

One Response to 随筆石と竹 「香り立つ」

  1. 小島國生 on 2015年9月14日更新 at 7:51 PM

     石川先生

     <9月の練習曲、変更のお願い>
     何時もお世話になり、ありがとうございます。 
     今月の練習曲を「深山ひぐらし」でお願いしましたが、「草笛の頃(6寸管)」に四苦八苦していて、
     恥ずかしながら「深山・・」まで手が回りません。
     「草笛・・」で、色々教えて頂きたい箇所がありますので、勝手ながら、今月は「草笛・・」に変更
     させて頂けませんでしょうか?
      なお、「供竹」のチケットを1枚、26日の稽古日に頂戴したいので、ご手配お願い致します。
           
                                 9月14日   小島國生

小島國生 にコメントする コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です