随筆石と竹 「ささゆり庵」

 

”やまとはくにのまほろば~”と、古人が詠んだように奈良はとてもよいところである。

 

その奈良県のほぼ東の端、三重県との県境近くの高台に『棚田の宿 ささゆり庵』は在る。

周囲には地形を活かした棚田が並ぶ田園風景、眼下には広大な伊賀平野や四十八滝で有名な赤目の集落が広がる。また、早朝には雲海、日が暮れると満点の星、と息を呑むような絶景も楽しむことが出来る。まさに日本の原風景と呼ぶに相応しいうっとりするようなロケーションである。

『ささゆり庵』は古民家を再生させた宿で2014年に開業した。実際にその家屋の中に入ると、贅沢かつ見事にリニューアルされた空間に時の流れを忘れるほどである。

ここまで読まれて、”石川はその『ささゆり庵』とかいう宿の回し者か”と思われた方もいらっしゃるに違いない。アナタ正解です。私は『ささゆり庵』の私設宣伝マンなのである。

 

私とささゆり庵との繋がりは開業一年前の2013年にさかのぼる。

ある日、私のもとへ「古典本曲を習いたい。なかなか教室へ通えないので私のオフィスへ出張レッスンに来てもらえないだろうか」という旨のメールが届いた。すぐにOKの返信をして、約束の日時に大阪市内のオフィスにうかがうと、貿易会社の社長で現『ささゆり庵』庵主の松林さんがおられた。精悍な顔立ちでいかにも起業家といった雰囲気である。元々別の流派で尺八を勉強していたが、尺八音楽のルーツである古典本曲を吹いてみたくなった、とのこと。それから2週間に一回ほどのペースで訪れ、古典本曲のレッスンを重ねていた。

何回目かのレッスン終了後だった。

「今度、奈良に古民家再生の宿をオープンすることになり、準備を進めているんですわ」との言葉にパソコンの画面を覗くと、その宿のホームページのたたき台が作られてあり、驚いたことに私の吹く『鹿の遠音』が流れていた。「宿のテーマソングを『鹿の遠音』にしようと考えて、うちのスタッフに音源を探してもらったところ、偶然先生(私)のCDがヒットしたんですわ」とのこと。”なんという奇遇!これは出来る限りの応援をさせていただかねばなるまい”、私は静かに興奮した。

その後、松林さんは本業と宿の開設準備で多忙を極められ、しばらく音信が途絶えた。私も日常に紛れ、その宿のことは忘れてしまっていた。

ある日、電話が鳴った。着信を見ると松林さんである。「やっと宿がオープンすることになりました。つきましてはオープニングのイベントで『鹿の遠音』を吹いていただけないでしょうか」「行きます、行きます!おめでとうございます!!」私は一も二もなく承諾した。

数ヶ月後の2014年春、奈良・室生深野の歴史にその名を刻むべく『棚田の宿 ささゆり庵』のお披露目会が盛大に開かれた。家屋のみならずその敷地内は、庵主の予想をはるかに超えた人であふれかえった。祝辞、お祝いのパフォーマンスが次々と続き、いくら時間があっても足りないほどだった。「この深野の地にようこんな立派なもんを作ってくれた」と涙を流す人すらおられた。実際、新しい命が吹き込まれた『ささゆり庵』の敷地一帯の見事さ、美しさは言葉では言い表せないほど格別である。また、これだけの再生のためにどれほどの手間暇と費用が掛かったか、想像を絶するばかりである。

庵主松林さんは、上記のオープニングのイベント以来、VIPのお客様が来られた時や、プロモーションビデオの撮影時など、いろいろな場面で私に演奏の機会をくださっている。この4月にはご長男の結婚披露宴が当庵で開かれ、その目出度い席でも祝賀演奏をさせていただいた。この空間での演奏は、私にとっても、普段のコンサートとは全く異なるお客様の前で出来るので、刺激的かつありがたい。この先も3回の演奏依頼が来ており今からとても楽しみにしている。

『ささゆり庵』には、立派なホームページやプロモーションビデオがあるので、ご興味を持たれた方は検索して、ぜひ一度ご覧になっていただきたい。見事な家屋と設備、素晴らしいロケーションに、一度は訪れてみたいと思われることうけあいである。

 

ひょっとすると『ささゆり庵』がオープンして一番はしゃいでいるのはこの私かもしれない。

 

 

 

 

 

 

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