随筆石と竹「本来無一物」

1月8日、私は52歳になった。

ついこの間50歳を迎えたと思っていたら、ぼーっとしている間に2年も経ってしまっていた。
いや、あの、ぼーっとしているといっても日々の営みを何とか人様に迷惑のかからないようにこなし、それに加えてリサイタルや海外公演などのイベントもそれなりにやっているのではあるが、それにしても月日の経つのは早いものである。

年が新しくなり、今年の目標というか展望を記すまえに、私の2012年の活動報告を自身の備忘録も兼ねて書かせていただくことにする。

ここ数年、お正月の演奏がなく、落ち着いて新年を迎えている(といっても演奏はいつでもウエルカムですので心ある方はよろしくお願いします)。
2012年の演奏は知人のおこと弾きからの依頼による保育所での演奏、ワークショップで始まった。子ども達はまさにエネルギーのかたまりでこちらも充分に元気をいただいた。一年も経つとあぁ、そんな曲もあったわねという感じであるが「マル・マル・モリ・モリ!」が想像以上に受けた。練習を重ねると尺八をあごにつけたまま“忘れ物するなよ”“おなか出して寝るなよ”というせりふが言えるようになり、新年早々の収穫に嬉しくなった。まあそれが出来るようになったからといって私の稼ぎが上がったり、世界が平和になるというものでもないのであるが・・・。
演奏の少ない1月にしては他に『石川ブロス』のライブやライオンズクラブでの演奏、企業の新年イベントでの演奏などもあり、忙しくさせていただいた。
2月は恒例の『石の会独奏会』が開催された。すでに報告済みであるが、レベル的に一つの高みに達した感があった。出演者が皆本気で尺八に取り組んでいる姿には本当に感動する。後半は友人が立ち上げたミニシアターでの4日間連続ライブがあった。カラオケ音源も使い演奏、MC、レクチュアすべて一人で行なった。私のライブの一つの形が出来、評判も上々でありがたかった。
3月は古典の同人会『三ツ星会』の3回目。古曲の暗記はほんとうに骨が折れる。しかし暗記して曲の中に入っていく感覚は譜を見ながらでは絶対に得られない面白いものである。今までなぜか吹く機会のなかった「ながらの春」は美しい曲で大好きになった。「桜川」は地歌にしては軽やかな曲調で昔から好きな曲である。しかしまあ、本番が終わったとたんにその暗記が綺麗さっぱりと消えてしまうのはどういうことだ。自分の脳に外部メモリを取り付けられればいいのに、と思う。その5日後に学校の後輩のおこと弾き、伊藤美奈子さんのライブで「真美夜」という強烈で奇天烈な曲を吹く。久しぶりに白目をむくような瞬間だった。その一週間後には浅草で『胡弓の会 韻(ひびき)』の演奏会。舞台中央で今をときめく藤原道山さんと私が並んで吹いている姿に“あのオッサンは誰”と思われたかたも少なくなかったと思う。いろいろ複雑な思いが交差した演奏会であったが、内容は素晴らしく、参加が叶いありがたかった。
翌4月1日は滋賀県にいた。もうずいぶん前からお世話になっている内藤方干さんのコンサートで、昼間は米原で生徒さん達の発表会のお手伝い、夜は長浜でコンサート、とダブルヘッダーだった。こちらも前に報告済みであるので詳細は省かせていただくが、ドレミ・ポップコーンという新しい楽器を作ってしまう内藤さんはやっぱりすごい。4月の本番はこのコンサートと春の本曲会のみで、レッスンと事務作業がメインの日々であった。
5月もいずれも報告済みの『法然院・悲願会』『宮井友梨香リサイタル』『竹村姉妹二人会』『和歌山三曲協会』など。まだまだ自分には足りないところがたくさんあることを思い知らされた月であった。この月の末から6月初めにかけ『ロッキー尺八キャンプIN京都』『京都国際尺八フェスティバル』が続けて開催され、濃密な時間を過ごさせていただいた。尺八がほんとうにインターナショナルな楽器になったことを実感させられた一週間だった。
6月下旬にはときめきのリトアニア公演ツアー。日本の伝統文化が遠く離れた地で賞賛される瞬間に立ち会うことが出来、無上の喜びを味わった。私の中では今なおリトアニア万歳である。
7月7日の七夕の日には松本太郎君が企画した『福田蘭童作品集~わだつみのいろこの宮~』に出演した。私のライフワークとする福田蘭童曲を門人がこのような形で取り上げてくれ、こちらも嬉しいことこの上ない。蘭童先生の珠玉の作品群をぜひとももう一つ次の世代に伝えていって欲しいと願う。
8月のメインイベントは門人会の夏の甲子園『石の会・夏の演奏会2012』。近年は夏も独奏が増えてきてはいるが、その中で「春の如く」「夕顔」「ながらの春」などの合奏曲があり、充実したひと時であった。二組のご夫婦による演奏もご夫婦ならではの空気感で楽しませていただいた。助演の横山佳世子さんに感謝。
そうこうしている内に9月、でもこの頃もまだまだ暑かった。所属する国際尺八研修館の夏季講習会が今年は9月初旬になり、講師として参加させていただいた。はっきりと書くことはできないが“尺八キチ○イ”の集まりである。全体講習、個人レッスン、コンサート、宴会ほか、こちらも充実した時間であった。でも平均年齢は60半ばであろうか。若い世代の参加を痛切に願う。月末は三ツ星会の盟友、竹山順子さんの東京リサイタルに助演。「水の玉」という珍しい曲を吹かせていただく。東京へ打って出るという姿勢に心から敬意を表する。
10月には私が尺八を始めるきっかけとなった立命館大学邦楽部の定期演奏会があり出演した。第60回記念ということでOBが新曲を委嘱し、後輩へプレゼントするという粋な計らいで、近年卒業した大萩康喜君が尽力し、作曲家への委嘱から金銭的なこと、練習、当日の段取りまですべてを取り仕切ってくれた。邦楽の人にも人気の高い川崎絵都夫さんの新作は親しみやすく、かつ情景の浮かぶよく出来た曲で爽やかな感動を覚えた。下旬は21年目となる『秋の夜長の尺八本曲』を開くことが出来た。無事に、と言いたいところではあったが、途中からピピピピピピ・・・という電子音が会場に響き渡り、探せども探せども発信源を見つけることが出来ず、その電子音をBGMに4曲お聴きいただく羽目となってしまった。演奏会が終了した時にはいつのまにか消えてしまっていたが、未だに原因不明である。その数日後にはリトアニアの帰朝報告公演が渋谷・大和田伝承ホールで行なわれた。スタッフとは4ヶ月ぶりの再会であったが皆元気そうで安心した。
ここ10年ほどは毎年秋にリサイタルを行なってきたが、2012年は一休みした。そのかわりに、といってはなんであるが、兄とのユニット“石川ブロス”のパリッとしたコンサートを一度やってみたい、という欲求が湧いてきて11月7日に『石川ブロス・ジョイントリサイタル』という形にした。オール箏・尺八二重奏曲のプログラム(といっても箏は、ふつうの十三絃の箏と十七絃箏と二十絃箏を曲ごとに取り替えて演奏する、というなかなかハードな労働)で、「詩曲一番(松村禎三作曲)」「萌春(長澤勝俊作曲)」「ひなぶり(三木 稔作曲)」「竹籟協奏(諸井 誠作曲)」「二つの民謡(牧野由多可作曲)」の5曲をプログラムに取り上げた。どの曲も個性溢れる作曲家が心血を注いで作った曲であることが実感として感じられ、久しぶりにワクワクした。5曲いっぺんに練習することはとんでもなくハードであったが、終わった後の充足感はその苦労を十分労ってくれるものであった。今回初めて取り組んだ「ひなぶり」と「竹籟協奏」が特におもしろかった。このリサイタルはとりあえず“現代邦楽 箏・尺八二重奏曲の系譜 Vol.1”というサブタイトルをつけたが、味を占めてしまったので、何年かおきのスパンで続けていきたい。
この月はあと一つ、小学校での学校公演があった。しょっぱなにPAのスイッチを入れ忘れるという失敗をやらかしたが、何とか事なきを得た。聴いてくれたみんなはまだ尺八やおことのことを憶えているだろうか。
12月は自分の出演する本番は一つ。私をずいぶん若い頃から呼んでくださっている茨木春重先生が、ご門下の方たちと取り組まれている『ゆほびか明石』のコンサートであった。今回は星にちなんだ曲を特集したプログラム。オープニングの「六段の調」から「箏のしらべ」、そして「星空への想い」「硝子の星座」「六連星」「オーロラ」という構成で、私は「箏のしらべ」以外の曲を吹かせていただいた。それに加え、アンコールとして恒例の「春の海」。吹いて、休んで、吹いて、吹いて、吹いて、吹いて、アンコールでまた吹いて、と、よく鍛えていただいた。決して手を抜いたり、気を緩めたりしている訳ではないのであるが、連投が続くと自分でも思わぬところで手がもつれたり、音がかすれたりしてしまう。まだまだ鍛錬が足りないことを自覚した。最も怖い「春の海」を一管懸命に吹き終え、何とかお許しいただいたような気がした。酒豪ぞろいの打ち上げは今年の演奏の締めくくりにふさわしい楽しいものになった。
そして2012年のイベントの締めは前号で報告申し上げた『聖なる韻』。今思い返しても素晴らしいコンサートであった。出演の若手尺八奏者には打ち上げの時に継続をお願いしたが、どうやら次回公演もありそうな動きである。私はまた別の形で邦楽や若手をプロデュースしていきたい。

私の2013年はどのような一年になるだろうか。今はまだおぼろげないくつかのプランをあたためている段階であるが、何とか人の役に立て、喜んでいただける活動をしていきたいと思う。
出会った人には愛と敬意を持って接することを心がけよう。出合うものには感謝の気持ちを忘れないでおこう。私自身なくすものは元々何もない。“本来無一物”の心で今年も生きて行きたい。

 

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