随筆石と竹 「尺八は元気の源」

 

かつて、お正月の三が日は仕事の日だった。アマチュア時代から20年以上、大阪の有名ホテルのメインラウンジで演奏してきた。おことの方と、13時、14時、15時から30分づつ、1日3回の本番だった。内容は「春の海」を含むお任せで、古典曲、宮城道雄作品、沢井忠夫作品、山本邦山作品、野村正峰作品などなど、たくさんの曲を演奏させていただいた。バブルの時代には、朝のおせち会場での演奏に始まり、メインラウンジのあとはイベント会場へ移動して何ステージかおこなった。朝から夜まで30分を7回だか8回だかのハードワークであったが、新米プロ奏者にはありがたーい仕事であった。三が日が明けた1月4日が私の元日だった。

 

それが、景気の移り変わりと共に、メインラウンジ以外の演奏依頼は減っていった。それでも4~5年は持ったであったろうか。ある年にその仕事を司っているプロダクションから、“来年からはおことの人1人だけで結構です”との連絡が入り、その仕事は終わってしまった。

 

その後は別の事務所から依頼があり、ショッピングモールのイベントや駅の特設ステージなど、数年はほぼ途切れることなく続いた。それがだんだん2~3年に一度くらいになっていった。私がお世話になった事務所のケースでは、ショッピングモールのイベントはたくさんの事務所がプランを出し、それがコンペティションによって選ばれる形式であった。そのコンペに外れた時には事務所の社長から「石川さん、すみません。今回は漫才に決まってしまいました」「ごめんなさい、ことしはガラガラ抽選会に負けてしまいました」などの電話が入った。私は受話器を持ちながら「あ~そうですか、ガラガラ抽選会に負けたらしょうがないですね~。またよろしくお願いします。ありがとうございました」と応え、受話器を置いた。

 

ここ4~5年は元日から正月を味わえているので、そのような邦楽の生演奏はもう流行らなくなってしまったかと思っていたら、SNSでは若手奏者が「今日はここで演奏で~す」「今日は午前中に神社で演奏してから、夜はホテルに行きま~す」と、いろんな会場からアップしていた。そうなのである。こういう仕事がなくなった訳ではなくて、私に話が来なくなっただけなのであった。それを知り、悔しい気持や残念な心持ちには全くならなかった。むべなるかな、お正月から特別な場所で生演奏を楽しむなら、禿げたおっちゃんより若くてシュッとした奏者の方がええのは当然である。事務所、プロダクションの皆様には、これからもどんどん邦楽の生演奏をブッキングして、頑張っている若手奏者に仕事を廻していただきたい。そして、どうしても人手が足らない場合には、私にお声掛けをお願いしたい。

 

さて、私の2015年の吹き初めは1月16日、大阪の保育園の新春コンサートであった。古くからお世話になっている、邦楽普及団体「えん」主宰の伊藤さん親子と楽しく演奏させていただいた。当日の演目はお正月の定番「春の海」に始まり、「風の歌」「冬の唱歌メドレー」などなど。楽器紹介を兼ねた尺八独奏の時間には本曲の他、ひそかに練習した『妖怪ウオッチ』の「ようかい体操第一」も披露したらたいそううけた。この保育園には数年おきに呼んでいただいているが、先生方が素晴らしい躾をされていて、園児の聴く態度が驚くほど立派である。演奏や解説は真剣に聴き、こちらが投げかけた問いかけには素直な良い反応を示してくれる。1歳児が泣きも眠りもせず、保育士さんの膝の上で聴きいってくれている姿には感動すらおぼえた。人がリサイタルで演奏している時に、バッグからバリバリと飴ちゃんの袋を取り出すおばちゃんや、隠し録りの録音機器を誤作動させて“グワーッ”と言わすおっちゃん達に見せたいくらいであった。子ども達には、大きくなってからも日本の音楽や楽器に親しむ習慣をつけて欲しいと願わずにはいられない。

 

1月はその他に有線放送用の録音が2回会った。昨年から収録に参加させていただいている「和の空間」に提供する音楽プログラムと、今回新たに始まったJ popのメロディを箏と尺八で演奏するプログラムの2本であった。「和の空間」に提供する音楽は、いわば“雅楽と三曲のハイブリッド”とでも言うべき音楽で書き下ろしである。編成は箏、尺八、(日本)胡弓、篠笛、笙の五つの楽器で、曲によって3~5人になったりした。元々BGM用なのであまり音は多くなく、スカスカした感じなのであるが、他にない雰囲気の音楽で面白い。昨年収録したバージョンはお正月に大阪・あべのハルカスの展望台で流され喜ばれた、との嬉しい報告もいただいた。まだまだコンテンツを増やしたいそうなので継続的に制作されるようである。

もう一つのJ popプログラムは今回「ANNIVERSARY(松任谷由実)」「サンキュー。(大原櫻子)」「好き(西野カナ)」「冬が来る(Salley)」「Precious Love(EXILE ATSUSHI)」の5作品。もうスタンダードとなっているユーミンの曲以外はまったく知らなかった。収録の前々日に3曲、前日に2曲の楽譜がアレンジャーから届き突貫工事で練習した。楽曲を知るためにYou tubeで検索して聴いたところ、どれも好いメロディで感心するとともに、西野カナさんや大原櫻子さんといった、素晴らしい感性のシンガーがいることを知り嬉しくなった。

収録は、予め洋楽器でベースラインが録音されてあるものに、箏と尺八がメロディを乗っけるやり方であった。こちらはもう一つのプログラムと違い細かく作り込まれていたので、雰囲気を出しながらきっちりと乗せていくのに少々手こずった。どの曲も美しいメロディの曲であったが、個人的には、やはりユーミンの曲は別格のような気がした。

録音スタッフの皆様には、何度もやり直しにお付き合いいただくなど、ご迷惑をお掛けした部分もあるが、勉強の機会を頂戴し心より御礼申し上げる次第である。

 

 

ところで、私には83歳と85歳の門人がいる。お二人とも1ヶ月に1回のレッスンをさせていただいているが、どちらの方も超前向きでいらっしゃる。83歳の人はこの2年ほどの間に長尺管を3本購入され、米寿でのリサイタルを開きたいと張り切っておられる。かたや85歳の人は年2回の私の門人会に必ず出演されるばかりではなく、明暗寺系の尺八献奏大会へもご都合のつくかぎり参加されている。私が30年後にこのような精力的な行動が出来るとはまったく考えられない。あやかりたいものである。

また嬉しいことに、今年に入って10歳の女の子が入門した。お母様の言によると、“この子は和物が好きなようで、ヴァイオリンをお姉ちゃんと習っていたけれど、私は尺八をやりたい、と言うので連れてきました”とのこと。今はお試し期間中という感じで、一尺六寸管で音出しに取り組んでもらっているが、何とか続けてほしいと願う。続くかどうかはひとえに私の導き方にかかっているので責任重大である。

 

尺八の未来が悲観的に語られている昨今であるが、私の周りでは前向きな人が多く、その人達から元気と勇気をいただいている。ああ、ありがたい。

 

 

 

随筆石と竹 「尺八は元気の源」” に対して2件のコメントがあります。

  1. 隠居波平 より:

    拝読させていただきました、

    真っ直ぐな生きざまに感動すら覚えます、
    ご活躍を期待しています、

    わたし、貴兄の竹音が好きであります、

  2. admin より:

    波平さま、素敵なコメントをありがとうございました。またどこかでお目にかかる日を楽しみにしております。いつもご声援いただきありがとうございます。

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