随筆石と竹「感謝感激雨霰!」
もうあと数時間で2013年が終わろうとしている。
秋の演奏会シーズン、と言っても、私の場合ここ数年さほど忙しくしてはいなかったのであるが、今年はめずらしく秋から年末まで充実した日々を過ごすことが出来た。そこで、自身の備忘録を兼ねここに報告させていただくことにする。
尺八のプロとなってちょうど20年目となる今年は、初心にかえる意味も込め、独りでリサイタルを行うことにした。企画の段階では全曲古典本曲や全曲現代作品などの凝ったプログラムも考えたが、あまりマニアック過ぎては聴いてくださる方も大変だろうと思い、古典本曲と福田蘭童作品、そして現代作品の組み合わせにした。やるからには何か新しいものにも挑戦したいと思い、友人の土井啓輔さんに新曲を委嘱した。独奏の会に相応しい会場を探し、10月30日の夜に、大阪・谷町四丁目の山本能楽堂という雰囲気のあるところを確保出来た。プログラムは『霊慕』『奥州伝鶴の巣籠』の古典本曲二題に始まり、福田蘭童作品集『月光弄笛』『蟲月夜』『桔梗幻想曲』の三作、そして委嘱作品の『十三夜(じゅうさんや、と読む。十三の夜、などでは決して無い)』(神坂真理子作曲)と、新作『流沙(りゅうしゃ、こちらは流砂ではない、どちらもそこんとこヨロシク)』(土井啓輔作曲)であった。すべて独奏なので、独りで花道を通って舞台に立ち、演奏してお辞儀をしてまた歩いて袖まで帰ってくることの繰り返しである。途中でこけるまねをしようか、違う登場の仕方をしてみようか、などという“いちびり”が頭をよぎるも、そういうことを好ましく思わない人達もいらっしゃると思い真面目に出入りした。古典本曲と福田蘭童曲はいずれも日々吹いている曲なのでおよそ無事に演奏出来たが、委嘱作はどちらもハードな曲で苦労した。特に今回初演の『流沙』は「ここまでややこしい曲を頼んだつもりはなかったんですう」と半べそをかきながらやっとの思いで吹き終えた。いつもならば来てくださった皆様に感謝の意を込め、小品のアンコール曲を準備しているが今回ばかりは全く余裕がなく、ふにゃふにゃお喋りをして勘弁していただいた。今年も充実した時間をすごさせていただくことが出来、満員のお客様に感謝感謝のリサイタルであった。
それから5日後の11月4日には琴友会の菊珠三奈子さんのリサイタルに賛助出演の機会を頂戴した。曲目は『冬の曲』(吉沢検校作曲)。箏曲を代表する曲の一つで、凛としたたたずまいの大曲である。申し訳なく思いつつも、自分の会が終わるまではなかなかこちらにまで手が回らず、リサイタル終了後の4日間で詰めに詰め込んで臨んだ。24分ほどかかる大曲で、特に中盤以降の手事(歌のない器楽部分)は一瞬たりとも気を抜くことが出来ない厳しい曲である。綱渡りのようなスリルを味わいながら最後の一音に到達した時には疲労困憊していた。何とか役目を果たすことが出来、安堵すると共に、こういう曲で私にお声が掛かるようになったことが殊の外うれしかった。菊珠さんに感謝あるのみ。
ほっとする間もつかの間、次は11月16日に予定されていた「第五回三ツ星会」の練習に取り組んだ。こちらは10ヶ月おきに行なっている古典の同人会で、今回は三曲合奏(三絃・箏・尺八)の曲に『茶湯音頭』『萩の露』の二題。それに加え私の持ち曲は独奏の古典本曲『山谷』と助演の『泉』(宮城道雄作曲)であった。いつもながら古曲の暗記(暗譜)は骨が折れる。私は暗記には譜面を使わず、とにかく聴きたおすという方法をとっている。尺八の入っていない謂わばカラオケ音源、尺八だけを入れた素吹き音源、そして合奏稽古時の三曲音源、の三種類を代わる代わる聴き込み、曲を身体の中に取り込む。1回の公演につき2曲を計5回やっており現在までに10曲を憶えて吹いたことになる。擦り傷や一瞬の間は毎回あれど、大きな破綻や空白が生じたことがないのは、必死で取り組む姿勢に三曲の神さんが「それくらい勉強しはったらまあまあよろしやろ」とお許しをくださるのだと感じている。当日終了後の反省会(喫茶店でコーヒーという真面目な反省会、えっへん)で10ヶ月後の第六回の曲が『越後獅子』と『さむしろ』に決まった。またまたややこしやの曲である。神さんよろしくお願いいたします。同人と神さんに感謝。
11月24日には京都の法然院さんの貫主、梶田さんより「第2回 尺八本曲を聴く集い」にお声掛けいただいた。1時間半前後の本曲会で内容はお任せ、という願ってもない機会である。曲調がかぶらないように選曲をして、せっかくなので7つの曲(『雲井獅子』『鶴の巣籠』『鹿の遠音』『下り葉』『手向』『産安』『霊慕』)を全部長さの違う7本の尺八で臨むことにした。こちらは三ツ星会の本番から一週間ほどしか日がなかったがいずれの曲も常に吹いている曲であり、厳しい中にも楽しく準備をすることが出来た。心配したのは動員である。尺八の本数よりも少ないお客様だったらどうしよう、などと当日会場入りしてからもやきもきした。ところが、蓋を開けてみると、用意されていたイスでは足らず追加していただくという嬉しい結果となった。門人、門人のお母さんやお友達、それに邦楽ジャーナルの公演情報を見られた方、当日たまたま法然院さんにお立ち寄りの人々まで、熱心に本曲をお聴きいただき熱い拍手をくださった。法然院さんを後にして真っ暗な中を、たくさんの尺八と衣装の入ったコロコロを転がしながら帰途についた。すべての人、ものに感謝したい気分であった。
翌11月25日は本曲会「秋の夜長の尺八本曲」の日であった。倉橋容堂、志村禅保、米村鈴笙、石川、岡田道明、永廣孝山の6名による本曲独奏会で、今回で22年目を迎えた。大阪の会場はもうずっと朝陽会館の能舞台と決まっていたが、昨年初めて訪れた島之内教会に興味が湧きそこの大聖堂をお借りした。私は『打波』を吹かせていただいた。教会の大聖堂に尺八とはミスマッチのようでなかなか良いものであった。この同人会は和気藹々とした雰囲気の中に、かつ切磋琢磨しようとするムードがあり、自賛ながら本当に良い会、得難いメンバーだと思う。終了後は近くの鳥貴族という店で打ち上げ、一足早い忘年会となった。長年に亘って応援してくださるお客様と同志に感謝である。
12月に入り、11日には演奏の仕事ではなくレッスンで伊勢へ向かった。現地在住の演奏家からスポットでレッスンをしてほしいという依頼であった。8月のお白石持ち神事以来の三重県訪問である。宇治山田駅近くで3時間のレッスンのあと、少し時間があったので内宮さんまで送っていただいて参拝。新しい神殿は以前にも増して神々しい空気に満ちあふれていた。
翌12日には神戸のホールで学校公演に参加。世界中の弦楽器を紹介する面白い公演プログラムで、こちらのグループにももう20年以上お世話になっている。現在は年に数回お声が掛かる程度であるが、普段とまったく違う曲(「世界にひとつだけの花」「エル・クンバンチェロ」「デイ・トリッパー」「火祭りの踊り」などなど)をいろんな楽器と演奏出来る楽しい機会である。共演者と、想像を遥かに超えた盛り上がりを見せてくださった工業高校の生徒さんたちに感謝。
12月15日は今年最後の舞台。邦楽普及団体“えん”で不休の普及活動を行われていらっしゃる伊藤和子さん、志野さん親子の生徒さんたちの発表会である。保育園児から古稀を過ぎられた方まで、幅広い年齢層の人たちがとにかく楽しそうにおことやおしゃみせんに取り組まれている。私の持ち曲は「御代の祝」「みずうみの詩」「こでまりの花」「越後獅子」「編曲元禄花見踊」の5曲。私なりに精一杯吹かせていただいた。打ち上げのお店も洒落ていてごきげんの舞台納めとなった。伊藤さん親子、共演の皆様に感謝感謝。
以上で今年の舞台は目出たく終了となったのであるが、まだ録音が残されていた。来春の完成を目指して制作中の新作CDで、私が好きな作曲家に委嘱した独奏曲5曲をまとめたものである。10月に録音に取り掛かった時点からそのタイトルを考えていて、「せっかく委嘱したのに1回や2回の本番だけで埋もれさせてしまうのはもったいない」ことから『もったいない』あるいは『MOTTAINAI』にしようかとふと考えたのであるが、石川利光新作CD『MOTTAINAI』では中身が何のこっちゃわからない。そこで、いろいろ思案した末にCD『渾身』に決めた。12月25日にそのCDのための最後の曲の録音を何とか終え、私の2013年の本番が終わった。
それぞれの報告に書かせていただいたように、今年もいろいろな場面でいろいろな人からお世話になり、満ち足りた気持ちの中で新しい年を迎えることが出来る。来年もマイペースで突き進みたい。
今年もありがとうございました。