随筆石と竹「世界平和」
尺八演奏を生業としていることの醍醐味の一つに、普段なら立ち入ることが出来ない場所で吹くことが出来たり、記念すべきタイミングに立ち会えたりすることがある。
最近もありがたい経験をたくさんさせていただいた。
5月末には、大阪駅周辺で毎年開催されている「1000000人のキャンドルナイト」というイベントのプレイベントとして企画された「邦楽ライブ」に出演した。相方は池上眞吾君であった。
池上眞吾君と書いてしまうのは、もう20年以上も前にNHK邦楽技能者育成会を修了した同期生のよしみだからであるが、池上君は今や演奏、作曲、教授、執筆などで日本中を股に掛けて活躍する売れっ子音楽家である。考えてみると彼と二人でこういう機会を持つことはこれまでになかった。企画の人から“90分から120分の間で演奏と各楽器の紹介、体験コーナーも含め自由にやってください”と一任された。お話をいただいたのがもう一ケ月を切っていた頃なので、急いで粗筋を考えメールでやりとりした。合わせは前日夜と当日の開始前だけだった。古典曲やそれぞれのソロ曲の他に、せっかく池上君と一緒にやるのだから彼の曲も含めようと考えた。ふと、彼の曲に『星降る谷間』という箏と尺八の二重奏曲があったことを思い出し、“いい機会なのでこれをやりましょう”とリクエストしたところ快諾を得た。そこで、さっそく楽譜を手に入れ音を出してみたら結構な難曲である。ちょっとヒーヒー言いながら突貫工事で何とか当日には間に合わせることが出来た。初めての本番は全く余裕がなかったが、とても美しいメロディの良い作品なのでまた機会があれば演奏してみたい一曲である。レクチュアなどはお互いに経験があり、独奏、合奏もまずまずの出来具合で来場の皆様、スタッフに大いに喜んでいただくことが出来た。こういう場では私が尺八界の代表選手なので、何とか役目は果たせたか、と安堵した。打ち上げのビールも美味しく、池上君との共演を含め楽しい一夜であった。
内容とは少々離れるが、今回実感したのがSNSの威力である。本番の何日か前にフェイスブックで告知をしたところ、それだけで結構な数の来場者に結びついた。また何人もの方が当日のステージの写真、動画などを即座にアップしてくださった。階上からステージ風景を撮って載せてくださった方もいらした。SNSは使い方を誤ると怖いが、上手く使えるとかなり有用なことをあらためて知った。
6月上旬には花崎杜季女先生のお伴で厳島神社を訪れた。前々から一度は行ってみたいと念願していたが、地歌舞の奉納という意外な形でその機会がやってきた。海中にそびえ立つ大鳥居と、その奥に粛々と存在する本殿の間に位置する「高舞台」がその場であった。
絃方の菊聖公一師、山本春能師と三曲合奏(三絃、箏、尺八)で『融』、独奏で『鹿の遠音』、そして地方(ぢかた)で菊聖師と『屋島』を演奏させていただいた。その奉納舞台は日没に合わせタイミングを計り、夕方から始められた。演目が進むにつれだんだんと日が落ちてきて、神殿側から観覧されている人々にはさぞ幻想的なシーンだったに違いない。
初めて訪れた厳島神社は潮の満ち引きで時には水上に浮いているように見える絶妙の設計である。午後のゆるやかな時刻から夕暮れにさしかかり、そして日の入りから夕闇が訪れる。聖なる空間での時の移ろいは、正に「幽玄」という表現がふさわしいうっとりする風景であった。
肝心の演奏については、合奏で少々やらかしたり、横風の影響を受けたり、と、万全には程遠い出来であったが、舞をメインに撮っていた映像を観るのは楽しみである。
同じ月の月末には、奈良県と三重県の県境近くに新しく開業する「ささゆり庵」という宿の開庵式典に、メインゲストの一人として招待され、献奏させていただいた。「ささゆり庵」はベンチャー企業のオーナーでいらっしゃる松林さんという方が、当地にあった古民家を再生させ新たな事業として旅館業を展開するというものである。何が素晴らしいと言って、とにかくここの立地、ロケーションが最高である。少し高台の山際に建てられた古民家からは“日本の原風景”とでも言い表せるような、閑静で心落ち着く風景がパノラマ展開される。見事に再生された本館、別館と併せ持ってまさに「癒しの空間」と呼ぶに相応しい。
式典には近隣の皆様、関係者の方々などの期待の現れか、オーナーの予想の2倍を超える人々が集まった。修験道者の家祈祷の厳修のあと、関係者のお言葉が続き、その後ゲストによるお祝いのアトラクションに入った。「ささゆり庵」のテーマソングに『鹿の遠音』が選ばれた(何と尺八とはまったく無縁のスタッフがインターネットで見つけ出した『鹿の遠音』が私のCDからのものであった!)ため、私が露払いとして同曲を献奏した。「最初は本曲で厳粛にカマしてください」というオーナーのリクエストにより、続いて『産安』を吹かせていただいた。尺八自体がもはや珍しいこともあり、列席者は老若男女様々であったが皆とても静かに聴いてくださった。
この後、ホルン演奏やインド音楽、アフリカンドラム、神職による竜笛、など多彩な出し物が続き、最後は美女によるファイヤーダンスで締めくくられた。どれも聴き応え、見応えがありとても盛り上がった。出し物が一通り終わると食事と歓談の時間になり、その後少しくだけた雰囲気の中、第二ラウンドが始まった。私は『アメイジンググレイス』『ロンドンデリーの歌』から始め、尺八の紹介を交えながら福田蘭童作品集を吹き、『鶴の巣籠』で締めくくった。私の中での尺八紹介の定番のナンバーであったが、とても熱心に聴いてくださった。終了後も数々の質問や“ぜひやってみたい”という声をたくさんいただきありがたい時間を持つことが出来た。この場を使い松林さんに心より御礼を申し上げる次第である。
ここしばらくの演奏は国内が多かったのであるが、9月にはロシア、10月にはリトアニアとポーランドを訪れることが決まっている。久しぶりの海外を楽しみにしていたところに突然マレーシア航空機撃墜のニュースが飛び込んできた。ニュースに載っていた地図を見ると結構私が行く方向と近く、背筋が凍る思いがする。亡くなられた方々のご冥福を祈念すると共に、私が飛行機に乗る時までに何とか情勢が快方に向かってくれることを切に願う。
自国に目を向けても、軍靴の足音が聞こえてくるようなきな臭い報道が多い今日この頃である。私はただただ世界平和を願い尺八を吹いていきたい。